第31話



「…ちゃん、たもちゃん。たもちゃん…!」


 …何だ?どこか遠くで、誰かが僕を呼んでいる声がする。


 そうか。これは美香の声だ。よかった、ようやく僕は美香と同じ世界に行けたんだな。


 …どうしたんだろう?やけにあたりが真っ暗だ。もしかして、僕は目を閉じているんだろうか?


 バカだなぁ、目を開けていないと美香の顔が見られないじゃないか。あんなに何度も呼んでくれているのに。早く目を開けて、声のする方に手を伸ばさないと。ほら、早く。早く…!


「…たもちゃん!気がついたか!?俺の事が分かるか!?なあ!」


 ふいにすぐ耳元で聞こえてきた野太くて、少し枯れた声。そのあまりの大きさに驚いてしまったのか、僕のまぶたはばちりと開かれた。


 それと同時に急激に覚醒した意識の中、僕の視界に入ったのは真っ白な天井。そして、それをバックにこちらを覗き込んでいる一人の男だった。


「たもちゃん!なあ、返事してくれよ!何か言ってくれって!!」


 呼び方は同じだけど、美香じゃなかった。それどころか僕より一回りも小さい美香とは比べものにならないくらい、恰幅がいい男。そんな知り合いは、たった一人しかいなかった。


「お、おま、え…。何、で…?」


 スムーズにしゃべったつもりだったが、何故か途切れ途切れにしか言えないし、小さい声しか出せない。おまけに口の周りが何だかうっとうしかった。


 何だと思って、ゆっくりと右腕を伸ばそうとしたが、肘の内側の所がちくんと痛んだ。反射的にそこを見やれば、点滴の針と長いチューブが突き刺さっている。僕のそんな様子を見て、恰幅のいい男――つまり僕の親友は慌てた声を出した。


「ダメだぞ、まだ点滴終わってないんだから。酸素マスクも外すなよ」

「さ、んそ…マスク?」

「そう、ここは病院だ」

「何で、僕、は…?」

「覚えてないのか?まあ、無理はないかもしれないけどな」


 そう言うと、親友は僕が何故病院にいるのかを説明し始めた。

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