第27話

その時だった。


「死ぬの?私みたいに」


 あまりに淡々としていて、それでいて何だか他人事みたいで。そして、何よりも現実味を帯びた声色で、美香が確かにそう言った。


「ねえ、たもちゃん。たもちゃんも私みたいに死ぬの?」


 何で分かったんだとか、一瞬たりとも考えなかった。


 『natural』の無残な姿がテレビで流れてたんだから、当然犠牲となった人達の情報も同じように見ただろう。それで、なお自分の状態が分からないというほど、美香は単純な性分じゃない。美香は、誰よりも気が回る奴だったから。


「…だから、大丈夫だって言ってるだろ?」


 僕は、美香の方を振り返らないままで答えた。


 何だか、今の美香を見てはいけないような気がしたからだ。己の死というものを自覚しただろう美香を、今までのように簡単に見ちゃいけないと思った。


 早くしないと。僕に背中を向けられて、美香はきっと寂しいはずだ。大丈夫だ、美香。あとほんのちょっとで、僕は美香と同じになる。そうしたら、もうずうっと一緒だからな。


 そう思う僕の視界は今、遠く階下にある灰色のアスファルトでいっぱいだ。なのに、それをじいっと凝視したままの体勢で、何故か僕は動けなくなった。


 死ぬのが怖いからか?


 いや、それはない。もう誰にも邪魔されず、どんなものにも煩わされずに美香と一緒になるには、これが一番効果的で確実な方法なんだと分かっている。


 じゃあ、何で上半身を持ちあげる為に窓枠を掴んだこの両手を離さない!?


 両手を離して、もっと前屈みになるようにバランスを崩してしまえば、後はもうただのまっさかさまだ。数秒も経たないうちに終わる。きっと美香のように、大した苦しみもなく、彼女と同じになれるはず。そうしたら、いつまでも一緒にいられるはずなんだ…。


「たもちゃん、こんな事する為に私を呼び出したの…?」


 それなのに、後ろにいる美香はちっとも嬉しそうな声を出さない。心底心外ですと言わんばかりに怒りをたたえている声で、付き合い出して一ヵ月目にやってしまった初ゲンカの時と同じものだった。


「冗談でしょ?私、あの時メチャクチャおしゃれしてたのに。口紅の色、新しくしてさ。気が付いてくれるかなって、すごく期待してたのに…!」


 最後の方はもう怒鳴るような感じでそう言い切った美香の左手が、僕の襟元を後ろからぐいっと引っ張る。思ってもみなかった乱暴な手つきに、一瞬首を絞められたように苦しくなり、僕は間抜けにも尻もちをつくような格好で窓枠から引きはがされた。

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