第24話
小一時間後、買い物を済ませた僕はまっすぐマンションの自室に戻った。
玄関のドアの鍵を開けようとした時、やたらと鼓動が速くなった。もしかしたら、さっきの美香は僕の都合のいい妄想か何かで、このドアを開けたら消えてなくなっていたなんて――。
それが怖くてたまらなかったが、そんなのは杞憂に終わった。おそるおそる回した鍵の音で気が付いてくれたのか、僕が玄関のドアをそうっと開けたと同時に美香のいつもと変わらない柔らかい笑顔が出迎えてくれたから。
「お帰り、たもちゃん。ちょっと遅かったね、どうしたの?」
「ごめんごめん、コンビニでちょっと立ち読みしちゃってた」
一歩たりとも立ち寄っていない嘘の話をすると、美香はむうっと頬をふくらませて「コンビニ寄るなら言ってよ~。アイス買ってもらいたかった!」なんて子供っぽい怒り方をする。それがたまらなくおかしいのと愛おしいので、僕は小さく吹き出してしまった。
親父さんと上岡さんに会った事は、言わないでおこうと決めた。
例え、僕の目の前にいるのが美香の遺体そのものであったとしても、もうそんな事はどうでもよかった。美香と一緒に、美香と二人でいつまでも一緒にいる。そう決めたんだ。
そして、それは美香だって同じ思いのはずだ。親父さんの話を聞く限り、美香もそう思ってくれたからこそ、棺桶の中から抜け出して、僕の元に戻ってきてくれたんだ。
大げさかもしれないが、僕は今、世界で一番の幸せ者だと思う。死んでしまっても、右腕が欠けてしまっても、こうして僕の元に戻ってきてくれるほど美香に愛されて、本当に幸せだ…。
「はい、頼まれてた物」
僕は持ち帰ってきたビニール袋を美香に手渡して、そのまま自室の奥へと向かう。背中の向こうで「たもちゃん、ありがとう」なんて言う美香の言葉を聞きながら窓を開けると、爽やかな風が入ってきた。
「いい感じだなぁ…」
ぽつりと呟いてから、窓枠にかかっていた両腕に力を入れようとした時だった。
ふいに、背後に美香が立っている気配を感じた。何だろうと肩越しに振り返ると、美香はうつむき加減でそこにいて、さっき手渡したビニール袋の中身を持っていた。
「たもちゃん。これ、頼んでたのと全然違うよ…?」
震える声で、美香が言った。
「こんな、こんなもの…。いったい、何に使うつもりなの…?」
僕が帰ってくるまで時間つぶしに見ていたのか、リビングのテレビが点けっぱなしになっている。ちょうど夕方の情報番組が始まったところで、朝の報道番組と同じ内容のニュースを読み上げている。
それをBGMにするかのように、うつむき加減のままの美香は手に持っていたそれを掲げる。しっかりとした造りの、太くて白い新品のロープだった。
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