第22話

「貴様、美香をどうするつもりだ!どこへ連れていくつもりだ!!」


 親父さんはつかつかと近付いてきて、僕の襟首を両手で掴んだ。


 ほんの少しだけ、懐かしいなと思った。初めて親父さんに会った時も、こんなふうに詰め寄られてきたな、と…。


 美香と付き合い出してしばらく経った頃、親父さんを紹介すると言われて、初めて美香の家を訪れた。だが、玄関の敷居を跨いだ瞬間、親父さんは今と同じように僕の襟首を掴んできて、似たようなセリフを吐いた。


「貴様、美香をどうするつもりだ!貴様のような青二才に、美香を触れさせてなるものか!!」


 せっかく美香と二人で吟味に吟味を重ねた手土産を渡す事も叶わないまま、僕は文字通りの門前払いを食らった。本当にこんな事があるんだなと呆然としていたら、すぐに美香が出てきて、肩をすくめながら言ってくれたっけ。


「大丈夫よ、たもちゃん。例えたもちゃんがアラブの石油王だったとしても、きっと同じような事言って追い払ったわよ。男親なんて皆そんなもんだから、心配しないで」


 いや、違うよ美香。あの時はそうだったかもしれないけど、今は違う。


 親父さんの声色は相変わらず怒鳴り口調だったけれど、その表情はだんだん悲痛なものへと変わっていった。僕は始め、それは美香に対するものだと思っていたが…。


「返せ…!美香を返すんだ…!」


 僕の襟首を掴んでいる親父さんの手が、弱々しく震えていた。


「美香はもう死んでしまったんだ。もう、貴様とは何の関係もない…!」

「…っ、そんな事ありません!僕は真剣に美香を愛してましたし、今だって」

「美香はもういないんだぞ!」


 親父さんの両目が僕を見上げてきた。涙でいっぱいの両目が僕をしっかりと捉えている。


「あの子の事で思い悩むのは、もう俺だけでいい…!」


 親父さんが言った。


「貴様はまだ若い。いくらでもやり直せるだろうし、いつかきっと、またいい出会いが…。それなのに、昨日の俺への当てつけで、自暴自棄を起こしてどうする!?」

「え…?それはどういう…」

「今すぐ美香を返すんだ!口で言っても分からないなら、力づくで…!」


 親父さんの言っている意味を飲み込むよりずっと早く、親父さんの右手が僕の襟首から離れて振り被ったのが見えた。


 あ、また殴られる。今度は何本歯がイカレるんだ…。そう思いながら、反射的に両目を閉じた時だった。


「…やめて下さい、会長さん!そんな事しても、娘さんは浮かばれない!!」


 覚悟してきた衝撃の代わりに、聞き覚えのある男の声が耳に届いた。また反射的に両目を開けてみてみれば、親父さんの右手首を掴んで止めている男の姿があった。


「あなたは…」


 あの時はマスク越しで声はくぐもっていたし、煙のせいで顔もよく分からなかったが、特徴的だった屈強な体格は何も変わっていなかった。僕はすぐに、あの時の消防士だと気付く事ができた。

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