第21話

親父さんの話をまとめると、こういう感じだ。


 昨日、僕が帰った後も親父さんは葬祭場に残り、ずっと美香の棺桶の側にいたという。


 『naturalガス爆発事故被害者の会』の会長の任、そして度重なる取材や会見で相当疲労がたまっていたはずだし、実際ひどい顔色をしていたようなので、親類一同が何度も自宅で休むように勧めたというが、まるで耳を貸さなかったそうだ。


「最後のひと晩くらい、親子二人でいさせてくれ…!」


 絞り出すような声色でそう言って、心配してくれている親類達を帰した親父さんは、それから何時間もの間、美香の棺桶を見つめながらいろいろと話しかけていた。


「お前が保育園の頃、かけっこで初めて一番になった時は嬉しかったなぁ。まだ母さんも生きていて、二人で手を取り合って騒いだよ」

「母さんが死んでしばらくの間、お前は父さんの布団にもぐり込んで一緒に寝てたよな。お父さんもいなくならないでなんて言って、涙浮かべてさ」

「家事の当番を決める時は揉めたなぁ。俺が洗濯をやるって言ったら、ものすごく顔を真っ赤にして『絶対やめて!』とか言うし」

「何年も挨拶くらいしか口をきかなくなったと思ったら、あんな男を紹介してくるし…」


 当然だが、棺桶の中の美香は一言も返事を返さない。しんと静まり返った葬祭場の空気が、親父さんの中で美香の死をより現実的なものなのだと知らしめていた。


 どれほどつらくて悲しくて、居たたまれなかったか。ついに親父さんは耐えきれなくなって、棺桶の上にすがりつくように大声で泣き出した。明日には荼毘に付されて、骨と灰だけになってしまう娘が不憫でたまらなかったそうだ。


 そうやって親父さんは一人でしばらく泣き続けていたが、やがて疲労と睡魔に負けてしまい、棺桶に寄り添う体勢でうとうとと微睡みに落ちた。午前一時頃の事だそうだ。


 体勢のせいか、さほど深い眠りではなかったという。その証拠に、小一時間ほど経った頃になってふいにガタンと何かが動いた物音で親父さんはゆっくりと目を覚ました。


 なぜかその時、親父さんの身体は棺桶の近くの床に転がっていたという。


 特にどこか痛かった訳でもなかったが、きっと寝ている間に棺桶から身体がずれて倒れてしまったんだろう。今のガタンという音も、自分が立てたに違いない…。


 まだ覚醒しきっていない頭でそう思った時、親父さんの耳に美香の声が何の前触れもなく聞こえてきたそうだ。


「…ごめん、お父さん。私、どうしてもたもちゃんの所に行きたいの。たもちゃんと一緒に…」


 次に親父さんが気が付いた時は、今朝早くの事。親類達に倒れてるところを発見されて、介抱されている時だった。


 不安になった親父さんは、急いで棺桶の蓋を開けた。そこに、美香の遺体はなかった…。

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