第17話

「あ…」

「…ん?何?どうしたの、たもちゃん?」


 肩越しに美香が振り返って、不思議そうに首をかしげる。僕は、頬にガーゼを貼られている事以外は何も変わっていないそんな美香の表情、そして肩の細さに胸が締め付けられる思いだった。






「…お嬢さんの直接の死因は、爆風に吹き飛ばされた事による頸椎の損傷でした。状況から考えて、即死だったと思われます」


 あの日、僕は霊安室のドア越しに警察の人の話を聞いていた。きっと、号泣し続けている親父さんの耳には入らないだろう。仮に聞こえていたとしても、どんな理由があれば娘の突然の死を納得できるというのか…。


「お嬢さんはうつぶせの状態で発見されました。おそらく、キッチンに背中を向けていた時に爆発が起こったのでしょう」


 その瞬間を見ていた訳でもないだろうに、警察の人はすらすらと美香の最期の状況を説明していた。あまりにも事細かに話すもんだから、一瞬、こいつが爆弾でもしかけたんじゃないかと疑ってしまった。


「とっさに身構える事はおろか、その直前まで全くの無防備だったはずです。右腕は爆風を受けた時にちぎれてしまったものかと思われますが、その痛みを感じる暇もなかったでしょう。苦しまなかった事が、せめてもの…」


 警察の人は、そこで言葉を切って黙りこんでしまった。最後の方は少し声が震えていたから、きっと美香の為に悲しんでくれていたんだと信じたかった。


 そうか。その瞬間まで、美香は普段通りに生きていたんだな。怖い思いも、痛い思いも、苦しい思いもせずに…。


 そう思えたからこそ、僕の悲しみはより深く、より濃くなってしまった。






 そこまで思い出した事で、僕の頭の中で一つの仮定が生まれた。


 あの警察の人は、美香は即死だと言っていた。痛みを感じる事もなかったと。


 だったら、今ここにいる美香は「自分が死んだ事すら分かっていない」という事になる。


 あまりにも突然で、しかも一瞬で何もかも終わってしまった美香。当然、それを迎える心積もりも準備もしていなかった。だから、自分の死に自覚を持てずに戻ってきた。いや、帰ってきてくれたんだ。


 こんな細い肩ですさまじい爆風を受けたんだから、自覚はなくても、ちょっとはびっくりしたかもしれないよな。できる事なら、頬のガーゼにも気づかないでほしい。顔に傷が残るなんて、女にはやるせないだろうから。


 そんな事を思いながら、僕は「だから休んでなって」と美香に言った。

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