第16話
ゆっくり時間をかけて味噌汁を飲み干した頃になって、美香は台所からひょこっと出てきた。
「どう?酔いは醒めた?」
「ああ、もうばっちりだよ。ごちそうさま」
「はい、おそまつさまでした。じゃあ、次は洗濯やっちゃおうかな。たもちゃん、あの趣味の悪いパジャマも一緒に洗っていいかな?」
そう言った美香の左手がすうっと動いて、床に置かれたままの死に装束を指差す。その途端、僕の両肩はびくんっと大きく震えてしまった。
「え、いや…いいよ!洗濯くらい僕が自分で…!」
「なーに言ってんだか。そんな事言って、この間Yシャツを青色に染めちゃったのは誰だったっけ?」
そうだ、これもつい少し前の事。うっかりGパンと一緒に洗ってしまって、ものの見事に真っ青なYシャツが完成した。
あの時も美香は、今と全く同じ笑い方をしていた。そもそもあの出来事を知っている時点で、やはり彼女は本物だ。間違えようがない。
「いいから、少し休めよ。疲れただろ」
僕はダイニングテーブルを挟んだ向かいの椅子を指差す。美香はほんの数秒迷っていたようだが、やがて僕の言う事に従って椅子に座った。
「じゃあ、お言葉に甘えまして」
「うん、後でコーヒー淹れてやるよ」
「え~?マスターと同じくらいおいしくできるの~?」
「限りなく不可能だろうけど、できる限り再現してみせます」
「期待しなくて待ってま~す…て、あれ?」
からかい口調でそう言った後、ふいに美香がまた首をかしげた。それがどう意味してるのか分からない――というより、何だか不安になってしまった僕は、すかさず「ん?どうした?」と冷静を保ったふりをしながら尋ねてみた。
「今日、何曜日だっけ?」
美香が僕の部屋にあるカレンダーを探して、視線をきょろきょろと動かす。僕はすかさず答えた。
「水曜日だけど」
すると、美香は今度は壁の時計を勢いよく見上げてから言った。
「やだ!今日のお店の買い出し当番、私になってんじゃん!!」
美香は慌てて立ち上がると、そのまま玄関へと向かおうとしていた。
(外に出るつもりか、ダメだ!)
僕も慌てて立ち上がると、玄関に歩を進めていく美香の冷たすぎる左肩を掴んだ。
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