第14話
僕の布団の横に無造作に置かれていたのは、真っ白な着物だった。
いや、着物というより肌襦袢に近いような代物で、今までの人生でこれを見たのはサスペンスドラマの中くらいでしかなかった。
そのせいか通夜の時、棺の中で横たわる美香がこれを着ているなんて想像ができなかった。まあ、親父さんに殴られて退散してしまった訳だから、実際には見ていないのだけれど。
だからこそ、より理解できなかった。どうして僕の部屋に、死に装束なんてものがあるんだと…!?
「あ、そうだ。たもちゃん聞いてよ~」
僕の頭で渦巻き始めた疑問なんてつゆ知らず、美香の声が台所から再び聞こえてきた。トントンという音も再開された。
「私ね、さっきまで寝てたみたいなんだけど、何か変なパジャマ着てたのよね。買った覚えのない、着物みたいで真っ白な奴だったんだけど」
この死に装束の事を指しているのだと、すぐに分かった。それと同時に、二日酔いの痛みも一気に消えうせた。
「そっか。それで…?」
その代わり、心臓がものすごい速さで動き始めた。そんな事あるはずがないと考えるたびに、どんどん速くなっていくように思えてならない。
何とか返事をした僕に、美香の声が「ほら、布団の横にあるでしょ」と答えた。
「たもちゃんの方に心当たりないかなと思って、持ってきちゃった。そしたら土手で一人酒盛りしてるんだもん、もうびっくりよ」
「…誰かに、見られたか?」
「まさか。何時だったと思ってるの。私だってあんなパジャマ持ってるの見られたくないし…。よし、お味噌汁完成っと!」
明るい声も、その話し方もいつも通りの美香だ。何一つ変わってない。なのに、どうしてだろう。僕はこれから先の展開が分かる。否が応でも想像ができてしまう。
「たもちゃん。お味噌汁できたよ、運んで~」
これも何も変わってなかった。
美香はよく僕の家でごはんを作ってくれていたが、給仕は店でずっとやってるから、プライベートでまでやりたくないといつも言っていた。
だから、食事を作ってよそうまでが美香の係で、できあがったそれらの皿を運ぶのが僕の係。そんな暗黙のルールが自然とできあがっていて、今も僕は反射的に身体を動かす。
そして、台所のコンロの前で味噌汁の入った鍋と向かい合っている美香の姿を見て、愕然としてしまった。
そこには、確かに美香がいた。僕の彼女の、美香が。
でも、今、僕の目の前にいる彼女には、右腕がなかった。
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