第13話
トントントントン。トントントントン…。
リズミカルで小気味よい何かの音と、窓から差すカーテン越しの朝日の光で、僕の意識はゆっくりと浮上した。
…いつの間に、どうやって帰ってきたのか。僕の身体はマンションの自室、しかもきちんと布団の中にあって、寝巻代わりの古いスウェットとパンツに着替えていた。
まだ少しぼんやりとしている頭を動かしてみると、壁掛けのフックに昨日着ていた喪服スーツがかかっていた。やっぱり草と土で少し汚れている。きっと酒臭くもあるだろう。
(本当に、どうやって帰ってきたんだ…?)
頭の中に残っているアルコールが邪魔だった。飲んでる間は全く酔わなかったのに、今頃になってひどい鈍痛が頭の中から響いてくる。
それでも何とか記憶をたぐり寄せようとした時だった。
「…あ~?たもちゃん、やっと起きたの~?」
ふと、台所の方から聞き慣れた人の声が聞こえていた。それと同時にトントンの音も止まったから、僕は瞬時に声の主が誰か分かった。
そう言えば、前にも一度同じような事があった。会社での飲み会があった時、少し苦手な上司から飲め飲めと大量に飲まされて、何とか午前様になる前に帰宅できたものの玄関先で動けなくなったんだ。
その時、何とか美香に電話できたが、そこから先の事は覚えてない。気が付けばもう朝になっていて、今と全く同じ状態になっていたんだっけ。
「全く、もう~。いったいどんだけ飲んできたの、たもちゃん?」
そしてあの時、美香は心底呆れ返ったような声色で話しながらも、僕の為に豆腐入りの味噌汁を作ってくれていた。二日酔いにはこれが一番だからって。今も台所から、美香の味噌汁の優しい香りがしている。
「たもちゃん運ぶの大変だったんだからね!おまけにしっかり寝こけてるから、着替えさせるのも一苦労だったし。私、まだ介護とかやりたくないんだけど~…」
…あは、これもあの時と全く同じセリフだ。あの時はあんまり世話をかけさせちゃったから、お詫びとして外食に連れ出されたんだっけ。確かテレビで紹介されてたとかいう、ちょっとこじゃれたフレンチ料理店だった。
「何だよ…」
僕の口から、小さく震えた声が出た。
何だよ、夢だったんじゃないか。とても最悪なものだったけど、あれは全部夢だったんだ。
美香はここにいる。『natural』の事故なんてなかった。何もない、平凡な毎日がまた始まる。美香がいる日々が、また…。
僕はその事にほっと安心してから、とりあえず布団から出ようと全身に力を入れた。
だがその時、体重をかけようと床へと伸ばした右手に何かが触れて、僕は反射的にそれを見た。そして…、また動けなくなった。
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