第12話

最後のカップ酒をすっかり飲み干した後、僕はその場にごろんと寝転がった。


 草と土と酒の臭いが鼻をつき、名前も知らない草の葉が頬にツンツンと当たる。酔いは相変わらず来ない。おそらく適量はとっくに超してるだろうし、普通だったら一回くらい吐いてもいいはずだ。


 それなのに、こうしてあの六月十三日を冷静に何度も思い返す事ができる。酔いが回ってないから、それに任せてむせび泣く事もわめき散らす事もできないまま、ただ静かに思い出す。


 大声を出したのは、美香の遺体を最初に見たあの時だけだ。


 あの後、美香は一番最後に救急車に乗せられて、そのまま警察署の霊安室に運ばれた。治療の必要もなかったから、頬の切り傷になけなしのガーゼが当てられただけで、ちぎれた右腕部分は隠される事もなく、駆けつけた親父さんはそんな美香と対面する事になった。


 美香の右腕は発見されなかったと警察の人に言われた途端、親父さんは美香の遺体にすがりついて大声で泣いた。「美香、美香ぁ~!!」と二十四歳で突然逝ってしまった娘の名を何度も呼んでいた。


 僕はそんな親父さんの慟哭を、霊安室の前の廊下で呆然と聞いていた。僕の事をよく思っていなかった親父さんの横では泣く事はもちろん、側にいてあげる事すらできなかった。


 親父さんは今、『naturalガス爆発事故被害者の会』というものを発足し、そこの代表者の一人としてマスコミの取材に応じたり、会見を開いたりしている。そのたびに口にするのは、製造会社やオーナー夫妻に対する非難、そしてたった一人の愛娘に対する思いだが、僕に関しては今のところ一言も言及していない。


 美香が死んだのは、まぎれもなく僕のせいだ。実際、親父さんもそう思っているからこそ僕を殴ったはず。なのに、どうして世間にそれを話さない?何故、僕をもっと責めないんだ…。


「誰か…」


 僕はぼんやりとしてきた視界の中で見える星空に向かって、ぽつりと呟いた。


「誰か、僕を責めてくれ。お前のせいだと、どうか罵ってくれ…」


 だが、誰もそんな僕の願いを聞き入れてはくれない。その代わりとでも言うように、耳元で幻聴めいたものが聞こえてきた。


『…たもちゃん。そんな所で寝てると、風邪ひいちゃうよ?』


 ああ、これはいつだったか、部屋でうたた寝をしていた時に美香に言われた言葉だ…。


 そうだな。ちゃんと布団に入って寝なきゃな。美香、ありがとな…。


 そう思ったのを最後に、僕の意識は深い眠りの中へと瞬く間に沈んでいった。

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