第10話

ほんの少しの後、僕は救急車が何台も停まっているそちらに足を向けてみた。


 そこでは、何人もの人が苦しそうな声をあげたり顔を苦痛に歪ませながら横になっていて、それぞれの手首に何かタグのような物を着けていた。


 何だ、あれ…。緑とか黄色とか、赤とか…。


 テレビの救命ドキュメンタリーか何かで見た事があるぞ。確かあれは、トリアージ・タグと言われている救命優先度を示すもので…。


 そこまで頭が回った時、ふと僕の目にある一つのものが留まった。


 どうしてそこで目を留める事ができたのか、今でもよく分からない。確証があった訳でもなかったのに。何度も違うと自分に言い聞かして、そこから離れる事だってできたはずなのに。


 だが、僕の両足はフラフラとそちらへ向かっていく。僕が目指す先には、急ごしらえで作られたであろう簡素な担架があった。


 その担架には、誰かが横になっていた。その誰かの上には薄汚れたシーツのような物が、頭から足先まですっぽりと覆うようにかけられていて。


 もちろん、その誰かにもトリアージ・タグが着けられていた。担架とシーツの間からだらりと力なく垂れている左手首に。そして、そのタグが示していたのは、黒色だった。


「き、木嶋さん…?」


 背中の向こうから、奥さんの声が聞こえる。きっと気持ちを奮い立たせて、僕の後をついてきてくれたのだろう。だが、奥さんを気遣う余裕が僕にはなかった。


 トリアージ・タグの黒色は…死亡、もしくは救命措置を行っても不可能と判断された証。


 やめろ、これは違う。この人はそうじゃない。このタグの色は間違っている。きっとそうだ、絶対に何もかも違う…!


 僕は、何度も何度もそう思いながら、シーツの端を掴む。そして思いきり乱暴にそれを剥がした。


 ……。


 ……。


 ……っ!!


「うわあああああああっ!!」


 担架の上にいたのは、美香だった。


 すさまじい衝撃があった為か、両目がかっと見開き、口も開きっぱなしで。頬のあちこちも切り傷がいっぱいで。


 そして何より、右腕がちぎれてなくなっていた。右腕のない、美香の遺体がそこにあった。

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