第8話
「奥さん、大丈夫ですか!?」
奥さんの目線に合わせるようにして、僕も屈みこんだ。
奥さんは頬や腕のあたりが薄汚れてはいたものの、幸いどこも怪我をしていなさそうだった。だが、相当なショック状態らしく、口をパクパクと動かすのが精いっぱいなのか、なかなか言葉を出す事ができなかった。
「落ち着いて。いったい何があったんですか…!」
僕はとにかく奥さんを落ち着かせようと、彼女の背中に手を置いて何度もさすった。恐怖の為かひどく震えていて、そしてかすかに焦げ臭かった。
「…ぃ、分から、ないのっ…」
やがて、歯をカチカチと鳴らしながらも、奥さんはゆっくりと話しだしてくれた。
「さ、砂糖が切れちゃ…から、買い出しに行こうと、お…って…。そ、それでっ、店か、ら出たら…きゅ、急、にっ…!」
「え…?じゃ、じゃあ、オーナーと美香は…」
奥さんは全身の震えが止まらず、僕から視線を外した。だがそれでも、自分の伝えるべき事を伝えようと頑張ってくれたのか、震え続ける左手を叱咤して動かした。
そして、ぶるぶると指差す。まだ激しく燃え続けている『natural』を。
「み、店の中…。カウンターの、所にっ…!」
奥さんのその言葉を聞いた次の瞬間、僕は『natural』に向かって駆け出した。
『natural』のカウンター席は全部で三つ。店舗内の一番奥まった所にあって、キッチンにほど近い位置にある。もし火元がキッチンだったとしたら、そこが最も火と煙にまかれる事になる。
「美香、オーナー!」
自分にそれほどの能力などない事は分かっていたが、一刻も早く二人を助けなければという衝動に駆られていた僕の身体は、勝手に動いていた。
二人はきっと無事だ。きっと店のどこかで助けを待っている、急いで行かなければ!!
だが、そんな僕の全身を、屈強な体格をした誰かが背後からのしかかるようにして止めた。
「待て!何をするつもりだ!!」
あと何歩で『natural』の入り口ドアというところだったのに、僕はアスファルトに全身を押し付けられた。焦げた臭いはアスファルトにまで深く沁みつき、僕の鼻の奥をひどくついた。
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