第5話

「毎日毎日、惚れた嫁さんに起こしてもらって、うまいメシを作ってもらって、かわいい子供にバイバイって手を振りながら仕事に行く。そして帰ってきたら、お帰りなさいって出迎えてもらって、安らかな一家団らんの時間を過ごす。何が結婚は人生の墓場だよ、最高に幸せな空間じゃないか!」


 そういえば、こいつのご両親は、子供の目から見ても理想的な夫婦だったなと思い出した。


 家庭菜園が趣味だったおじさんと、料理が得意だったおばさん。それにひとりっ子だった親友は、よく庭で野菜の収穫をしていた。そのままバーベキューや鍋を楽しんでいる事もざらで、僕達家族もよくお呼ばれされたものだった。


 そんな両親の元で育った彼もまた理想的な家庭を作る事など、至極当然の流れだと感じた。彼の奥さんや子供は本当に幸せ者だ。


「だから、たもちゃんも…。な?」


 そう言って、親友は真剣な目で僕を見据える。どうやら彼は、僕を独り者だと勝手に決めつけてしまっているようだった。


 そんな彼を驚かせてやりたくなった僕は、予定をほんの少し変える事にした。本当は、真っ先に美香に見せてやりたかったのだが、子供みたいなイタズラ心を止める事ができなくて。


「ふっふっふ~…」


 僕はカバンの中から、先日出来上がったばかりのある物を取り出した。


 手のひらに収まるほどの大きさであり、真新しい紺色の布をあしらった四角形のケース。これを見て中身を察せない奴が、この世のどこにいるというのか。


 案の定、親友はほんの一瞬だけ口をあんぐりと開けた後、僕とケースを交互に見ながら「たもちゃん、マジか!?」と言ってきた。


「ああ、大マジだ。実は明日、これを彼女に渡してプロポーズしようと思ってる」


 僕がそう告げると、親友は声にならない叫びを出した後、まだ成功していないのにまるで我が事のように喜び、万歳三唱をしてはしゃいだ。


「おめでとう、おめでとうたもちゃん!たもちゃんみたいないい男なら、絶対幸せな家庭が築ける!本当におめでとう!!」

「いや、プロポーズの本番は明日な訳で、まだ成功すると決まった訳じゃ…」

「バカ野郎、男は度胸だ!スパッと決めちまえ!結婚式には絶対呼んでくれよな!!」


 よほど喜んでくれたのか、親友は前祝いだ、俺のおごりだと言い出して、どんどん酒を注文しだした。


 仲の良かった親友との再会、そしてあまりにも温かい祝福に触れて、僕はすっかり浮かれてしまっていた。


 勧められるがままにどんどん飲んでしまい、お開きになったのが朝方で。こんな事の為に有休を取ったんじゃなかったのになと思いつつ、気分良く親友と別れて。


 そして、フラフラな足取りで家に辿り着くと、深酒と徹夜のせいでそのまま寝こけてしまった。六月十三日の木曜、午後一時過ぎまで…。

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