第一話 僕の彼女は右腕が欠けています

第2話

「…出ていけ!」

「どのツラ下げて、この場に来れたんだ貴様!」

「お前があの店に呼び出しさえしなければ、娘は死なずに済んだんだ!!」

「お前が美香を殺したんだ!!美香を返せ~!!」


 これらは、ほんの二時間ほど前に美香の親父さんから浴びせられた言葉だ。


 そして、最後の「美香を返せ」という言葉と同時に、僕の右頬に親父さんの渾身のストレートが決まった。僕は受け身も取る事ができずに、背後に並べられていたいくつかのパイプ椅子と一緒に無様に倒れ込んだ。


 別に親父さんは元ボクサーって訳でもない。普通のサラリーマンだ。奥さんを早くに亡くして、娘を男手一つで育て上げたって事以外は、どこにでもいる普通の父親。でも、そんな彼のストレートで僕の奥歯は一本ダメになってしまった。


 それだけ、強い気持ちを込めての一発だったのだ。


 溢れて溢れて、とどまる事をまるで知らない様々な激情が今、親父さんを支配している。元から、僕の事をあまりよく思っていなかったのだから、なおさらだろう。


 この時、僕は何も言えなかった。親父さんの言う通りだったからだ。


 僕があの店に美香を呼び出さなければ。寝坊して遅刻なんかしなければ。一緒にいてやれていたら。あのすさまじい爆発から、この身をていして美香を守る事ができていれば。


 何の役にも立たない「たられば」を頭の中でぐるぐると繰り返しながら、僕がふらふらと立ち上がった時、親父さんは僕をものすごい形相でにらみつけながら言った。


「金輪際、娘に関わるな!!二度と俺の前にその顔を見せるなぁ!!」


 親父さんの後ろには、美香だったものが収められている棺桶と遺影が飾られた祭壇があった。


 遺影の写真は、ちょうど一年前に僕が撮ったものだった。親父さんは知らずにそれを選んだんだろうが、二人きりで初めての旅行に行った際、高台から景色をまぶしそうに眺めている美香を写した。とてもいい笑顔だったから。


 金輪際関わるなと言われても、もう美香はいない。美香がいないのに、どうしろと言うのか。


 僕は親父さんの言葉に返事をしないまま、葬祭場を後にした。

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