第63話

見届けるだけの立会人ではあるけど、大がかりな上にきちんとしたしきたりに沿って行う儀式だからと、家業主の正式な装束とやらを無理矢理着せられた。全く、狩衣かりぎぬなんて生地は薄いし、袖口がひらひらしすぎていて落ち着かない。烏帽子えぼしに至っては、ただただ頭が窮屈なだけだ。全く、公麿も安倍晴明も、よくこんなの着ていられたよな。


 歩き方の作法なんて知ったこっちゃないから、ずんずんと大股でジジイと勇気の元へと行く。ジジイは狩衣姿の俺を上から下までじろじろと見つめた後で、「まさに馬子にも衣裳じゃな」とか言いやがった。着たくて着てんじゃねえんだから、儀式が済んだら速攻脱いでそのデカい頭に叩き付けてやる。


「大丈夫。お兄ちゃん、かっこいいよ」


 気を遣ってくれたのか、貰い物を詰め込んだ風呂敷包みを背負った勇気が少し笑いながらそう言う。俺はそんな勇気の頭を一度だけ撫でてやりながら、言った。


「ありがとな、勇気」

「朝ごはん、ごちそう様でした。新しい世界じゃ、どんなごはんが食べられるかな?」

「安心しろ。昔と違って、今はあっちもグルメに目がないらしいから、きっとうまいものいっぱい食べさせてもらえる。楽しみにしとけ」

「うん、それじゃあ」


 こくんと頷くと、勇気はジジイに手を引かれて、五芒星の印の真ん中に立った。それを見てから俺は、その印の近くに立っている皆を下がらせた。


「皆、もっと下がれ! でないと、術に巻き込まれて新しい世界へ道連れになるぞ。儀式を受けてない奴は、本物のあやかしからは同類じゃなくて餌とみなされるからな~!」


 本当に餌となるかなんて知らないから口から出まかせなんだけど、効果はてきめんだったようで。皆、素直に庭の四隅にまで下がってくれた。それを見たジジイがふっと笑ってから、一瞬で超真剣な顔になった。


「では、始めるぞ勇気。ワシに気を集中させておれ……」

「は、はいっ!」


 勇気が返事をすると、ジジイは昨日の誓約書を両手で掲げるようにして持ち上げ、一つの言霊を口にし始めた。


「一つ、人の世より分かれ。二つ、新しき世界の生まれ。三つ、そこに行く者への門。四つ、ここに開きて導かん。ひい、ふう、みい、よう。ひい、ふう、みい、よう。ひい、ふう、みい、よう……!」


 特に難しい言葉を使っている訳でもない、誰にでも言えそうな言霊。それなのに、ジジイが唱えているだけで風もないのに庭の木々の葉が風もないのにざわつき出し、空気が徐々に変わっていくのが分かる。庭の隅にいる六郎や双葉まで、それを感じてぶるぶるっと肩を震わせているのが見えた。


 その、空気が一番変わっているのは、まさに今、勇気が立っている五芒星の印のあたり。気のせいか、勇気の背後の空間がぼやけているように見え始めた。

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