第62話

翌日の朝。わざわざ俺がメールやLINEで「今日のあやかし専用託児所は臨時休業します」って連絡をしたのに、例のごとくジジイが余計なお知らせまでしてくれたようで、午前九時になる頃には、託児所に通っている大半の奴らがぞろぞろとうちの前へやってきた。


 いや、六郎や双葉達だけならまだいい。六郎の親父さんや双奈、挙げ句の果てには綾ヶ瀬村の住人まで押しかけてきたから、たまったもんじゃない。どういうつもりだと聞いてみれば。


「いや、だって? 日和様の術が見られるなんて、そうそうある事じゃないしなぁ?」

「しかもその子、牛鬼の子孫なんでしょ? そんなハイクラスなあやかしにだって、なかなか会えないしね」

「新たな門出に旅立つ仲間を見送ってやりたいんだよ。邪魔にならないように下がって見てるからさ、頼むよ」


 そう言って、ジジイと一緒に庭に出てきた勇気に、次から次へと花束やら野菜やらを持たせていく綾ヶ瀬村の住人達。勇気も由実さんも最初は戸惑った表情を見せていたが、悪意やからかいどころか、100%の善意で接してきてくれる住人達にやがてほだされていった。


「……もし、この村でお世話になっていたら、勇気の人生はもっと変わっていたかもしれませんね」


 ぽつりとそう言った由実さんの手には、朝食の後、勇気から手渡された小さな封筒があった。自分が新しい世界に言った後で読んでと言われていたから、まだ封を開けていない。志穂ちゃんの分は、由実さんが帰りに直接届けるそうだ。


「もっと、勇気と一緒にいたかった。もっとたくさん、勇気に愛情を注いであげたかったっ……!」


 封筒を抱きしめるようにしてそう言った由実さんの目は、昨日からずっと真っ赤だった。たぶんきっと、これからも今日の事を思い出しては何度も何度も葛藤する事になると思う。俺は、胸が痛くなった。


「優太、そろそろ始めるぞ。こっちに来い」


 石灰の粉を使って、庭のど真ん中に五芒星っぽいいんを描き終えたジジイが俺を呼ぶ。縁側にいた俺が「はいはい……」と投げやりな声を出すと、いつからか後ろに立っていた親父と母さんが、同時に俺の背中を軽くポンと叩いてきた。


「次期家業主としてしっかりな、優太」

「勇気君の旅立ち、しっかり見届けてあげて」


 二人とも何故かとても切なげな顔をしていて、俺と庭の五芒星の印を交互に見やっていた。俺は、特に何の返事もしないまま、庭へと降りた。

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