第64話
「あっ……!」
すぐ後ろの様子がおかしくなっている事に気付いた勇気が、ゆっくりと肩ごしに振り返る。そして、目の前に出来上がっていくものを見て、大きく両目を見開いていた。
そりゃ、そうだ。俺だってこんなの、マンガかアニメの中でしか見られないと思ってた。だって、普通じゃどんな自然現象だってあり得ない事だろ。目の前の光景がぐにゃぐにゃとひん曲がって、形を変えていって、そこだけにぽっかりと黒い穴が開いていく様なんて。
「ふう……。さすがに120年ぶりだと手間がかかるわ。すまんな、勇気。もう少し集中しててくれ……」
ジジイがデカい額に幾筋もの汗を流して、少しばかり顔を歪ませている。本来なら家業主である俺も力を貸さなきゃいけない儀式なんだろうけど、俺は代理の代理の研修中だし、そもそも本気でこの託児所の後を継ぐつもりがないから、そんな力なんてあるはずない。正統な後継者でない親父だって無理な話だろう。
もし、ばあちゃんが生きていたら。ふと、そんな事を考えた。
もし、ばあちゃんが生きていて、この場にいたらどうしただろう。勇気の決意を最大の敬意で受け止めて、その経験豊富な力を持ってジジイを手伝っていただろうか。
いや、違う。ジジイだって言っていたじゃんか、この儀式を行うのは120年ぶりだって。と、いう事は、仮に誰かあやかしの子孫が勇気と同じような悩みを抱いていたとしても、ばあちゃんも親父もこんな儀式をやらせるような所まで話を持っていかなかったって事だろ。きっと一度や二度なんかじゃなく、何度も何度も話を聞いてやって、その時にできる最大限の解決法を導き出し、あやかしの子孫達の人生をいい方向に持っていったはずだ。
じゃあ、俺は? 俺は、勇気に何してやった? たった一度話を聞いてやっただけで、結局この決断は勇気一人に出させた。俺は何一つアドバイスなんかしてない。俺なんかに何を言ってやれるんだって、簡単にあきらめて……。
いいのか、これで本当に。勇気はまだ十歳だぞ。そんな子供が母親や友達と引き離された挙げ句、存在そのものすら変えて今まで生きてきた世界からいなくなっていいものなのかよ。こんな事より、もっと他に何か方法があるんじゃねえのか。勇気の父親もじいさんも、少なくとも大人になるまで生きていられたんだから、もしかしたら少しでも牛鬼の血の性質を抑えられる方法がどこかにあるかもしれない。
きっと、今ならまだ……。そう思って、俺がジジイに顔を向けたその時だった。ふいに、勇気の背後にぽっかりと空いていた穴が大きくなって、そこから節がいくつも付いたドス黒くて細長く、そして不気味な足が一本ガサリッ、と不気味な音を立てて現れたのは。
「……うわあっ、牛鬼だぁ!!」
庭の隅にいた誰かが悲鳴にも近い大声をあげる。それがきっかけになって他の連中もギャアギャアと騒ぎだし、六郎や双葉も恐怖で顔が引きつって固まっているのが視界の端に見えた。
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