第59話
「ひいおじいちゃんの残した手紙に書いてあったんだけどさ。あやかし活性化の儀式って、やっぱ痛いのかな……」
「さあ。よく分かんねえけど、文字通り、体の中にあるあやかしの血や細胞を増やして人間である事をやめていくんだ。結構大変だとは思う」
「そうまでして、人間でいたくなかったのかな」
「それくらい、戦争でひどい目に遭ったんだろうな」
「寂しく、なかったのかな……」
そう言うと、勇気はゆっくりと起き上がって両膝を抱える。その抱えた両腕にはぐっと力がこもっていた。
「だってさ、それまでは人間だったんでしょ? 家族や友達だっていたはずでしょ?」
勇気が言った。
「なのに、それ全部捨ててあやかしになるなんて……。一人ぼっちで新しい世界に行っちゃうなんて……」
「その辺は大丈夫だ。ジジイがきちんとあっちで暮らしているあやかし達に説明したみたいだし、酒呑童子や土蜘蛛がすぐ迎えに来て仲良しになったって記録も残ってる。だから、もしお前がそっちの道を選んでも、必ずひいじいさんが迎えに来てくれる」
「……でも」
「でも?」
「もしそうなったら、こっちにいる僕の友達は、僕の事を忘れちゃうんだよね? 志穂ちゃんも、ママも……」
だんだん声が小さくなっていく勇気を見て、あやかし活性化の儀式の副作用について知っていると踏んだ俺は、それ以上何も言えなくなった。
俺も古文書をただ読んだだけだから、本当にそうなるかは分からない。だけど、あやかし活性化の儀式を受けて、完全に本物のあやかしになった子孫の存在は、人間の世界において「なかったもの」にされるという事は事実らしい。それが自動的に関係した人物の記憶から消されるのか、もしくは儀式を全面的に受け持つジジイが『なりきり』の異能力を応用して故意に消していくのかは知らないけど。
「ひいおじいちゃんは手紙を残してくれていたから、少なくとも僕達西岡家はひいおじいちゃんの事を忘れなかったよ。でも……」
「お前のお母さんも志穂ちゃんって子も、普通の人間だからな。もしお前が何も残さなかったら、たぶん……」
「……」
「勇気、それが嫌でさっきあんな事したのか?」
「……」
「勇気?」
「ママ、どうして僕に『勇気』なんて名前付けたのかな……」
そうつぶやくようにして言った勇気の両目には、うっすらと涙が滲んでいた。
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