第57話

「……だからもう、母親として耐えられないんですっ! こんなに心の優しいいい子に育ってくれたのに、牛鬼の血のせいで何度も死にそうな目に遭ってしまう。私は勇気に、もっともっと長く生きていてほしい。生きて、幸せになってほしい。だけど、今のままじゃ、いつどうなってもおかしくないっ! だったら、曽祖父のようにこの子も……!」

「あやかしにしてやってほしいってんだな?」


 俺の問いに、由実さんは迷いなく頷く。きっとここに来るまで、何度も何度も悩んで苦しんで、その末に出した結論なんだろうな。でも、それはあくまで……。


「勇気はどうだ?」


 俺は由実さんから勇気に視線を向けて聞いていた。勇気はプルプルと全身を震わせ、顔を真っ赤にしていた。


「今の俺は家業主って言っても、結局は代理の代理だし、しかも研修中の身って奴だからな。当事者の意見無視して話を進められねえんだよ。おまけに、先代に当たるばあちゃんも親父もこの手の話を受けた事はないみたいだから、最終的にはうちのジジイに任せる事になる」

「……」

「お前のお母さんの言う事は間違ってない。お前の性格上、この先も死にそうな目には山ほど遭うだろうし、いつかは取り返しのつかない事になるかもな。そうなる前に本物のあやかしになれば、少なくとも今の状況で死ぬ事はなくなる。もう痛い目にもつらい目にも遭う事は」

「勝手に人の人生決めるな、クソバカ‼」


 そんな幼稚な罵倒と一緒にぶっかけられたのは、由実さんと勇気の飲みかけで、少し冷えたお茶だった。二人分の湯呑みに入っていたそれは、ごていねいに俺とジジイにしっかりとかかり、ぐっしょりと濡れた前髪越しに空っぽになった湯呑みを両手で持っている勇気の姿が見えた。


「ゆ、勇気っ! ぬらりひょん様と家業主様に何て事をするの!?」

「うるさい! 悪い事なら何やったって僕は死なないんだろ!? 牛鬼なんだから!!」

「勇気!」

「ママもクソバカだ! 何で全部勝手に決めちゃうんだよ! バカバカ、ママのクソバカ~!」


 全身でそう叫ぶと、勇気は勢いよく和室から飛び出す。廊下の途中ですれ違ったのか、「きゃあっ!?」と短く叫ぶ母さんの声が聞こえた。たぶんお茶菓子か何かを持ってこようとしてくれてたんだろ。後で謝っとくか。


「申し訳ございません、ぬらりひょん様! 家業主様!!」


 息子のしでかした事に涙が引っ込んでしまったようで、由実さんが慌てて新しいハンカチを俺やジジイに差し出す。それを「何の何の」と言いながら受け取り、デカい額を拭っていたジジイがふと口を開いた。


「なあ、由実よ。分かっていて頼みに来たのじゃろうが、一度先祖の血を活性化させてしまったあやかしの子孫は」

「はい、承知してます。曾祖父の残した手紙に書いてあるのを見てきましたから」


 小さく、こくりと頷く由実さん。やっぱり、相当の覚悟を持ってここに来たんだと改めて思った。それでも、一番優先させなきゃいけないものはそっちじゃない。


「……俺、勇気を捜してくるよ」


 ひと通り前髪や服を拭かせてもらった後、俺はジジイと由実さんにそう言った。

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