第54話

普通の人間である由実さんが勇気の父親――つまり、亡くなったご主人と初めて出会ったのは、高校時代だそうだ。


 最初は、何も知らずに由実さんの方がご主人に恋をして、交際が始まった。そのまま高校を卒業し、警察学校に入学するタイミングで初めてご主人が牛鬼というあやかしの子孫である事を告白してきたものの、その返答としては「だから何?」だったという。


「あなたのどこが、その牛鬼っておばけなの? どこからどう見たって人間じゃない。私は何も気にしないわ」


 そう言った由実さんに、ご主人は自分の実家に連れ帰って、これが曽祖父だと言いながら二枚の写真を見せた。由実さんはその写真を見て、そこで初めて驚いた。一枚は軍服姿に包まれた人間の男性のものだったが、もう一枚はどう見ても作り物とは思えない異形の怪物を写したものだったのだから。


 約120年前に勃発した某戦争で軍人として駆り出された西岡家の曾祖父は、人間同士が醜く命を奪い合っていく世の中に心底幻滅したらしく、自分自身が人間である事にもひどく嫌悪するようになった。そうでなくても、牛鬼の血を引く自分は「ある運命」から逃れる事などできない。そう悲観した彼は、かつてあやかしの総大将だったぬらりひょん――つまり、うちのジジイと当時の綾ヶ瀬家の家業主を捜し当て、自分を先祖と同じ牛鬼に変えてくれるように頼み込んだ。


「醜く殺し合う人間の世界で生きるのも、牛鬼の運命に怯えながら人間で居続けるのもたくさんだ。どうか私を、本物のあやかしにしてほしい。そして、私の孫やひ孫達も同じ苦しみを味わっていたら、私と同じようにあやかしにしてやって下さい」


 ジジイと当時の綾ヶ瀬家の家業主の手によって、本物のあやかし――牛鬼にその姿を変えた西岡家の曾祖父は、最後にそう言って安倍晴明が作った新しい世界へと旅立っていった。いつか役立てる事があるようにと、自分が使っていた瞬間移動の護符を西岡家の家宝という形で残して。


 でも、自分はこんな物使わないと、ご主人は瞬間移動の護符をしまいながら由実さんにそう言った。


「俺はどんな事があっても、牛鬼の運命なんて乗り越えてみせる。由実を置いてあやかしになったりもしないし、人間のままでずっと一緒にいる」


 ご主人のその言葉に由実さんは、どれだけ安堵したか分からないと言った。この時聞かされた牛鬼の運命についてはもちろん不安もあったが、この人は強いから、きっとそんなものはどこかに撥ね飛ばして、ずっと自分と一緒にいてくれると信じていたという。


 そうしてご主人が警察に入ったのと同じタイミングで、由実さんは彼と結婚した。ご主人はトントン拍子に出世していき、勇気が生まれた年に刑事になった。だが、その刑事になって最初の事件の時に、彼は殉職した。人質を取った引きこもり事件が発生し、その人質を助けようとした時に犯人に殺されてしまった。


 それを知った由実さんは、思ったという。夫は牛鬼の運命から逃げられなかったと。

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