第53話

『ぼくの将来の夢 四年二組 西岡勇気


 ぼくには、大人になったらやってみたい仕事がいっぱいあります。


 一番さいしょに思い浮かんだのは、おまわりさんです。死んだお父さんが刑事さんだったので、ぼくも大人になったらけいさつに入って、たくさんの人を守る正義の味方になろうと思います。


 二番目になりたいのは、消防士さんです。死んだおじいちゃんが消防士さんだったので、もしおまわりさんがだめだったら、消防士さんになって、たくさんの人の命を守りたいです。


 三番目になりたいのは、お医者さんです。今のうちからいっぱい勉強して、病気やケガで苦しんでいる人達を治してあげるりっぱな人になりたいです。


 他にもまだまだいっぱいやってみたい仕事があります。でも、どんな仕事をやるにしても、ぼくはいつも誰かを助けてあげられるような仕事をやりたいと思います。おわり』






 ……すげえと思ったし、子供はいいなと正直うらやましくなった。


 十歳だもんな。そりゃあ、自分の将来をあれこれ夢見るには一番いい年頃だ。少なくとも俺なんかよりはずっといい人生設計を描いてる。誰かを助けてやれるような仕事をやりたい、か。いい心がけじゃんか。


 ただ、一つだけ気になる事がある。その誰が読んでも立派な文章を書いてるとしか思えないような原稿用紙が、どうしてこうもシワだらけなのか。まるで一度ぐしゃぐしゃに丸めて捨ててしまっていたような……。


「ぬらりひょん様と家業主様に、お願いがございます」


 俺がシワだらけの原稿用紙から目を離すと、由実さんがそう言ってちゃぶ台に額が付きそうになるほどに深く頭を下げてきた。


「どうか、この子を……。勇気を、曽祖父と同じようにあやかしにしてやって下さいっ。お願いしますっ……!」


 一瞬、由実さんが何を言ってるのか理解できなかったし、できる事なら理解したくもなかった。


 だけど、彼女の言い間違いでもなければ、俺の聞き間違いでもない事は明白だった。隣にいたジジイが大きく息を飲み、持っていた湯呑みにヒビが入るほど強く握り込んでしまっていたから。


「どういう事じゃ……?」


 そう尋ねたジジイの声は震えていた。


「今は平和な時代じゃ。120年前と違って、少なくともこの日本では戦争などない。その子があやかしになるような理由など、何もないと思うが……」

「その原稿用紙に書いてある事が全てでございます……」

「分からんな、由実。ワシや優太が納得できるようにきちんと話せ」


 ジジイのぴしゃりとした物言いに、由実さんの全身が強張ったように見えた。相手は子連れの女性なんだから、もうちょっと言い方があるだろうとか思ったけど、ジジイの意見自体には俺も賛成だ。もう少し、きちんとした話を聞きたい。そうでなきゃ、とてもこんな話を飲める訳ない。


 俺が「お願いします」と言った後、由実さんは悩んでいるかのように両目を伏せていたが、やがて自分の隣でおとなしく座っている勇気の頭をそっと撫でてから「分かりました」と言った。そして、ゆっくりとうちに来るまでの経緯を話してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る