第52話
「……突然の訪問、誠に申し訳ございません。私は
預かっている子供が誰一人いなくなった和室に親子をひとまず通し、母さんが淹れてきてくれた温かい茶を飲んでもらう。ほうっと短い息を一つ吐いた後で由実さんがそう自己紹介すると、続いて勇気がぺこりと礼儀正しく頭を下げてきた。
牛鬼。うしおにとも呼ばれるそのあやかしは、
千年前の人間とあやかしの戦いの際も先陣切って暴れまくり、結果、安倍晴明に相当な深手を負わされたらしい。綾ヶ瀬公麿のおかげで双方の和解は成立しても、「人間なんぞ信用できるものか」と見栄を張って啖呵を切った挙げ句、酒呑童子や土蜘蛛達と一緒に新しい世界へ行く事も拒否して、怪我の治療もままならないうちに行方をくらましてしまったというが……。
「怪我で動けなくなったところを、一人の美しい村娘に見つかった。で、その村娘に猛烈な一目惚れ、ね……」
牛鬼の項目の中にそう記されてあった一文を口にすると、隣に座っていたジジイが懐かしそうに「そうじゃったなぁ」と何度も頷いた。
「ある日突然、人間の娘っ子を背中に乗せて綾ヶ瀬村の近くまで連れてきたから、また性懲りもなく喰うつもりなのかと尋ねたら、『こいつを嫁にするから、人間に化ける術を教えて下され』とか言い出して驚いたわ。ついでに仲人までやらされたが、まあまあいい結婚式じゃったぞ」
「その子孫が、この人達って訳か……」
古文書から目を離した俺は、改めて由実さんと勇気の方を見てみた。
一見すれば、二人とも見た目はごくごく普通の人間だ。角は生えてないし、手足だってそれぞれ二本ずつ。体格だって平均的だし、何かしら特別な異能力を持っているようにも見えない。うちの事を口にしなければあやかしの、しかも牛鬼の子孫だなんてとても思えなかった。
だけど、こうしてひいじいさんが使っていた瞬間移動の護符を使ってまで訪ねてきたんだから、それなりの悩みがあっての事だろう。正直気乗りはしなかったけど、だからって追い返す訳にもいかない。俺も茶を一口飲んでから、「それで、今日のご用件は?」と口火を切った。
「役に立てるかは分かんないけど、まあちょっとした気休めにでもなれば……。あ、言っとくけど、預かってほしいってのは無理だからな? うちは原則六歳までで」
「それは大丈夫です。この子は、そんなに強い異能力を持っていませんので」
俺の言葉を遮ってそう言うと、由実さんは持っていた鞄から一枚のシワだらけの紙を取り出して、それをそっと机の上に置く。どうやら原稿用紙のようで、細かいマス目の中に子供が書いたと思われる文字がびっしりと綴られてあった。
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