第48話

『いい事じゃねえか。家族・・からは才能あるって認められて、利用してくれる人達も何だかんだ喜んでくれてるんだろ? 田舎に引っ込むのは嫌気が差すだろうけど、やっぱこのご時世の事考えたら仕事があるだけマシってもんだよ。そこそこ稼げてるんじゃねえの?』

「それは、まあ……」


 ばあちゃんや親父が「あやかし専用託児所」をしていた時はいくら稼いでたなんて全然興味なかったけど、先月の末に確認してみれば、思っていたよりも……て感じの額に驚いた。そりゃあ昼食はそれぞれの持ち込み弁当だし、事情を知らないよその人間を雇う事はできないから人件費もかからねえし、須賀さん達の差し入れもあるから、そのあたりでだいぶ助かってる面もあるけど、それでも新卒サラリーマンの月収より高いって……。


『だったら、頑張るしかねえだろ』


 ため息混じりに聞こえてくる電話越しの岸間の声が気になって、俺は返事の代わりに「そっちはどうなんだよ」と言ってやった。


「確か、探偵社に就職決まったって言ってたよな? 超美人の社長さんもいるって張り切ってたし」

『ああ、それな……』

「おい、まさかそっちはとっくに辞めましたってオチじゃないだろうな?」

『いや、それはない! 何とか続けてるよ。ただ、ちょっとイメージと違ってただけで……』


 何だよ、それ。さんざんこっちに発破かけておいて、自分は現実とイメージの違いに打ちのめされてへこんでるっていうのか? ドキュメント番組の観過ぎなんじゃねえの?


 そう言ってやろうとしたんだけど、ふいに『でもさ!』と大声で続きを話し出した岸間に驚き、俺はつい押し黙ってしまった。


『その社長さんに言われたんだよ! 私達がこうして活動する事で、確かに救われる誰かが存在するんですって。泥臭くてみっともなくて、時には卑劣でカッコ悪い汚れ仕事に見えるかもしれませんが、それでも私達がいるからこそ、誰かの希望が芽生えるのだという事をどうか忘れないで下さいね……だってさ!』


 俺はテレビでしか観た事ないから、実際の探偵業がどれほど大変かなんて知らない。岸間だってそうだ。「あやかし専用託児所」の存在を知らないんだから、その責任を担っている綾ヶ瀬家がどれほど大変かなんて、これからも知る由もない。


 いや、別にこれって誰にでも言える事だよな。俺や岸間だけじゃなくて、この世界にいる誰にでも当てはまる。誰かの大変さの本当のところなんて、実際、当の本人でしか完璧に理解できやしないんだ。でも、だからこそ……。


『だからお互い、何とか踏ん張ってやってこうぜ!』


 何となく思い浮かべてたイメージっぽいものを、先に岸間に言われてしまった。俺はその事に何となく苦笑いを浮かべてから、「ああ、もうちょっとだけそうしてみるわ」と答えた。


 次に岸間に会えるのは、たぶん大学の卒業式だろうな。その時は、うちの家業の事をあやかしの件は抜きで話してみようか。


 それくらいなら問題ないだろ。岸間は気心が知れてるし、これからもいろいろと応援する事ができる俺の数少ない向こうでの友達なんだから。

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