第三章

第47話

夏休みが始まって一ヵ月。つまり、俺が「あやかし専用託児所」の代理の代理として手伝うようになって一ヵ月。皮肉な事に、運営状況は右肩上がりの上々といった具合に収まっていた。


 ジジイが余計な触れ込みをしたせいで、「あやかし専用託児所」にやってくるのは綾ヶ瀬村に住んでいる六郎とか、わざわざ他の町から来てくれる双葉や比奈子達だけじゃなくなった。綾ヶ瀬家に頼る、頼らなかったなんて一切関係なく、人生においていろんな悩みを抱えているいろんな年齢層のあやかしの子孫達まで相談に来るようになっちまった。


「え~、だってさぁ。優太、なかなか就活うまくいかないって言ってたじゃん? だから、ご先祖様である俺が気の毒に思って一肌脱いでやったんだよ~。感謝されこそすれ、そんな恨みがましい目で見る事なくね? それにどう見たってお前、なかなか才能あるっぽいし、いずれはさっちんに並ぶだけの家業主になれる事間違いなし……って、痛いではないか! か弱い年寄りを殴るでない、ワシは今年1304歳なんじゃぞ!?」


 一度そんな事をのたまいやがった金髪のハーフモデルの頭を思いきり小突いてやったら、これ見よがしに元の姿に戻って年寄りアピールをしまくったジジイ。そしたら、あくまで「モデルの日和」が好きな母さんはジジイにまた変化してほしいが為に、「日和様をそんなにいじめちゃダメでしょ、優太」なんて保育園児にするみたいな説教してくるし、すっかりリモートワークが板についた親父も、たまりまくっていた仕事を片付けるのに忙しいからって自室の布団の中から出てこなくなった。一生、腰痛に悩んでろ。


 ほっとこうと思えば、できたと思う。もうやめたと投げ出して、綾ヶ瀬村を出る事だって、また改めて就活に専念する事だって。


 だけど、どういう訳だかできなかった。内定一つ取る事もできない俺が、あやかしの子孫とはいえ、人様の面倒を見たり、責任の取れる言動ができるもんかと思っていたのに、そのたびに頭の中を過ぎるのは、あの日の双奈の言葉――。


『今の優太なら、分かってくれると思うんだけどね』


 当の双奈は、自分がそんな事を言ったのなんてとっくに忘れているみたいで、この頃はすっかり日に焼けた顔を見せる。何でもフードコーディネーターの仕事に活かしたいからと、鮮度のいい食材を求めて忙しく飛び回ってるらしい。須賀さんの所にも出向いて、何だか難しい話をしているのを見かけた事もあった。


 今の俺なら、分かる。


 双奈のその言葉がどうにも気になって、自分では消化しきれない。ある日の夜、気晴らしもかねて岸間に電話をかけてみたら、何だか疲れ切った感じの声が聞こえてきた。


『ずいぶん、ぜいたくな悩みだなぁ~……』


 本当に、心底うらやましそうに岸間はそう言った。

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