第44話

「……ネイリストになりたいってさ」


 小一時間後。俺は居間に戻って、繁足さんと伸子さんにそう告げた。二人とも俺の言葉を聞いた途端、ずいぶんキョトンとした顔をしていたけど、やがて繁足さんの方が先に我に返って言葉を発した。


「え、何だそれ……ていうか、真央がそう言ってたのか?」

「ああ。今は泣き疲れて、六郎達とお昼寝の真っ最中だけど」


 そう前置きしてから、俺は真央ちゃんが自分の言葉で言ってくれた事をそのまま二人に話して聞かせた。


 足長の異能力があるからスポーツは何でもできるし、手長の異能力もあるから手で扱える物は何でも器用にこなせる。そんな自分がどちらかを選んでしまえば、必ず選ばなかった方を悲しませてしまうし、それがやがて家族がバラバラになるきっかけになってしまうかもしれない。そうなってしまうのが怖くて、なかなか自分の将来を決められなかったけど、ある日これだと思える職業に出会えた。


「それが、マニキュアやネイルアートを扱うネイリストだってさ。たまたま学校の帰りに店頭実演してるところを見て、これならと思ったそうだぞ?」


 俺がそう言うと、繁足さんはしょんぼりとうなだれながらもスマホで何かをのろのろと検索し始め、逆に伸子さんはひどく嬉しそうに両手を合わせた。


「さすが真央は賢いわ。やっぱり今の世の中、しっかり手に職をつけて堅実に生きていくのが一番よね」

「……いやいや、ちょっと待て。今調べたけど、ネイリストになるにはそれなりの学校に行って、それなりの試験を受けなきゃいけないって書いてるぞ」


 そう言って、繁足さんがスマホをずいっと伸子さんに突き付ける。ちらっとしか見えなかったけど、確かに技術的な面を学ぶ為の専門学校があるみたいだし、ネイリストとして就職するのに有利な資格としてネイリスト技能検定試験というものもあるみたいだ。


「真央みたいなおとなしい子が、こんな細かい試験を年中受け続けられるとは思えねえよ。緊張やストレスで、体でも壊したらどうすんだ」


 繁足さんが少し声を大きくして言った。


「真央は、スポーツの才能を伸ばすべきだ。体も丈夫になるし、度胸だって付く。その気になれば、どんな競技でも金メダルを取れるだろ!」

「真央みたいに優しい子が、順位付けのはっきりしたスポーツや勝負ごとにいつまでも耐えられる訳ないわ。それで心を病みでもしたら、どう責任を取ってくれる訳!?」


 ああ、また始まったよ。堂々巡りの怒鳴り合い。何の為に真央ちゃんが、ネイリストって道を選んだと思ってんだ。


 本当なら呆れてものも言いたくないんだけど、真央ちゃんは勇気を出して本当の気持ちを教えてくれたんだ。だったら、それをきちんと両親に伝えて、そういうふうに未来へ導いてやるのが家業主の……じゃなくて、話を聞いた側の務めって奴だろ。


 俺は繁足さんよりもずっと素早い指の動きでスマホを検索し、数枚の写真を見つけたところで、それらをギャアギャアと言い争ってる夫婦の間に突っ込んだ。

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