第43話
「パパとママ、離婚したりしないよね……?」
「は?」
九歳の女の子の口からはちょっと出てきちゃいけないワードが出たような気がして、俺は思わず間抜けな声を漏らした。
……いや。そんなふうに不安になるのも頷けるか。さっきまで、二時間近くも堂々巡りで怒鳴り合ってたもんな。どんなに遊びに夢中になって立って絶対聞こえてただろうし、繁足さんや伸子さんが長い間ずっと悩んでたって言うんなら、きっと家でも同じような展開が何度もあっただろうし。
何か言ってやらないと。何か、真央ちゃんの不安が取り除けるような一言を。
そうは思うのに、これっぽっちもそんな気の利いた言葉が出てこない。マジでボキャブラリーのなさが恥ずかしくなってくる。ばあちゃんだったら、こんな時はどんな優しい言葉をかけて宥めるんだ? くっそ。こんなんじゃ、家業主しっか……。
ん? 待て待て、俺。今、何を考えようとしてた!? 危ねえっ!
ほんのちょっと、家業の真似事をやっただけなのに、何かそんな気になっちまってなかったか!? もしかして、ぬらりひょんの異能力が俺に……?
いやいや、そんなはずない! 六郎や双葉、比奈子が不思議そうに見つめているのも構わず、俺は大げさにくらいに首を振りまくる。真央ちゃんもそれに気付いてきょとんとした顔を見せていたけど、やがて「ねえ、優太お兄ちゃん」と再び声をかけてきた。
「うちのご先祖様達って、仲良しだったんだよね……?」
「え?」
「だから、手長様と足長様。二人とも、いつも一緒にいるくらい仲良かったんだよね」
「……あ、ああ。古文書にはそんなふうに書いてあったかな」
たぶん、昔話っぽい体で繁足さんか伸子さんが寝物語に聞かせてたんだろうな。それこそ、まだ九歳の女の子に「コンビを組んで人間を襲いまくってました」なんて話は早すぎるし酷すぎる。
何となくそうした方がいいと思って、言葉を濁す。それを信じてくれたかどうかは分からないけど、真央ちゃんはまさに純粋な眼差しって奴を俺に向けながら言ってきた。
「私、手長様と足長様みたいに、パパとママにも仲良くいてほしいの。昔、手長様と足長様がさよならした時、きっと二人はものすごく悲しかったと思う。いつも仲良しでずっと一緒にいたのに、さよならしなくちゃならなかったなんて、絶対に寂しかったはずだもん! そうでしょ!?」
「う、うん。そうだよな……」
「だから、ご先祖様達が味わった悲しい気持ちとか寂しい思いをパパとママにもしてほしくない! 今はケンカばかりしてるけど、本当はとても仲良しだもん! 私は器用貧乏だけど、手長足長のうちに生まれてきてよかった! パパとママの子供で、本当に、ほんと、にっ……!」
内気な性分のさらに奥の方で、本当はこんな思いを抱えてたんだなと俺は切なくなった。抑えつけてた本当の気持ちを目いっぱい吐き出した真央ちゃんは、やがてその両目からぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「わっ。泣くなよ、真央~!」
「真央ちゃん、大丈夫。双葉達がついてるの!」
「あ~う~……」
詳しい事は頭に入らなくても、真央ちゃんが悲しんでるって事は「どちらとも呼べる子供」同士の肌感覚で分かるんだろうな。鳴き出した真央ちゃんを取り囲むように、六郎や比奈子を抱えた双葉が近付いていって、必死に慰めようとしていた。
そんな「どちらとも呼べる子供」達を見て、俺は考えた。真央ちゃんがここまでの気持ちを奥に秘めてたんなら、もしかしたら……。
「なあ、真央ちゃん。ちょっと聞いていいか?」
今度は、俺が真央ちゃんに尋ねてみる番だった。
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