第42話

「真央ちゃんが上手いのは、お絵描きだけじゃないよ」


 そう言ってきたのは、双葉だ。二重箱に減らした弁当をもう一つの口で食べながら、普通の口で少し興奮気味に話している。二口女は器用だな、全く。


「お絵描きの前は、お庭でかくれんぼとか鬼ごっことかやったの。真央ちゃん、一度も負けなかった!」

「そうなんだよな。最後は比奈子をおんぶさせてハンデも付けさせたのに、隠れるの上手すぎ! 足も速いから鬼ごっこも捕まえらんねえし、鬼になったら超無敵だった!」


 今度はしっかりと口の中の物を飲み込んで、六郎がそう言う。その横で、かくれんぼの時の事を思い出しているのか、比奈子がキャッキャッと嬉しそうに笑っていた。


 足長の異能力も、恐れ入るものがあるな。韋駄天小僧より脚力は劣るだろうけど、それでも足腰に自信はあるだろうから、例え子供の遊びだろうが大抵は持久力を必要とする運動関連で負けるはずないし。内気だって聞いてたけど、同じ「どちらとも呼べる子供」の前なら、こんなにも楽しそうに過ごせるんだな。


 素直に「真央ちゃん、すげえじゃん」と褒めながら軽く頭を撫でてやる。すると真央ちゃんは「そんな事ないよ」と小さい声で言った。


「器用貧乏なだけだもん。パパの家とママの家、両方の異能力を持っちゃってるから、クラスじゃ結構いいように使われてるし……」

「頼られてるとかじゃなくてか?」

「うん、でも悪気とかは全然感じない。だって普通の人間の子供って、何でもかんでもできない事の方が当たり前なんでしょ? だから、何でもかんでもできちゃう私があれもこれもって頼まれちゃって……」

「たまには断るって手もあるだろ?」

「クラスの皆が困るから、それはヤダ」


 そう言って、真央ちゃんはフルフルと首を横に振った。


 心根の優しい子なんだなと、俺は思った。


 これまでもきっと、クラスメイトから押し付けられてくる子供特有の無理難題を、異能力があるせいで嫌とすら言えずにずっとこなしてきたんだろうな。きっと、子供なりに大変だったはずなのに。


 もしかしたら、こう思ったかもしれない。手先も器用で、運動だって何でもできる自分は、器用貧乏の意味よろしく、本当は何者でもないのかもしれないと。何でもできるからこそ、逆に自分の為に何かする事も始める事すらもできなくて、だから両親に将来の夢を言えずにいるんじゃないかって……。


「ねえ、優太お兄ちゃん……」


 ふと、ハムサンドを半分ほどかじった真央ちゃんが俺に話しかけてきた。俺が「ん?」と反応を示すと、真央ちゃんはおそるおそるといった感じに俺の方を振り返り、不安に揺れる瞳を向けてきた。

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