第41話

俺が繁足さんや伸子さんと話している間、ここにいる皆で一緒になって遊んでいたんだろう。「あやかし専用託児所」の備品として母さんがまとめ買いしてあったお絵描き帳や塗り絵帳が何冊も散らばっていた。その中から一冊を拾い上げ、ぱらぱらとめくってみる。かなり個性的な絵が所狭しと描かれていた。


 真っ白なページに、クレヨンでぐちゃぐちゃと丸めるようにたくさんの色を付けたのは比奈子か? 


 で、隣のページにピンク色の花束を抱えている女の人を描いたのは双葉だろうな。となると、この女の人は確認するまでもなく双奈か。美人に描きすぎだろ。そのまた次のページに、翼のバランスが取れていない飛行機の絵をこれでもかってくらいに描きまくったのは消去法で六郎だな。


 子供ならではの自由な発想をおかしく思いながら、次のページをめくる。その瞬間、俺は勢いをつけてサンドイッチをおいしそうに食べている真央ちゃんを振り返った。


 ……何だこれ。上手い、メチャクチャ上手い!


 こんな時、ボキャブラリーのなさって奴を情けなく思うんだけど、もうこれだけしか言えねえ。超一流シェフが作った超絶美味い特別料理を食べたら、誰だってすぐには何も言えなくなるだろう。それと似たような感じ。


 本当に小学三年生かって疑っちまうくらい、俺の目の前のページには美しいデザインと色合いを兼ね備えたイラストがあった。


 モチーフは和室の敷居を跨いだ窓の向こうから見えるうちの庭なんだろうけど、本当にこれがそうなのかって疑いたくなるくらいには別物に見える。夏の間に伸び放題になっていた雑草なんか幻想的な草花にアレンジされてるし、あんまり手間暇をかけてやっていない盆栽や木々だって、実物よりもずっと雄々しく生命力に満ちた姿をこれ以上ないってくらい繊細かつ大胆に、色鉛筆で表現していた。


 前に何かの番組で、プロのイラストレーターが色鉛筆で風景画を披露していたのを偶然見た事があるけど、はっきり言ってその人なんかより断然レベルが上だぞ。これなら、どこかの有名なコンクールとかに出品したら間違いなく文句なしの大賞を取れるかも。

 


 そんな事を思っていた俺の耳に、まるでトドメとばかりに六郎が口におにぎりを突っ込んだままで話しかけた。


「ひゅうは。そのへ、まほがひゅっぷんではいへたぞ?」


 優太。その絵、真央が十分で描いてたぞ?


 だから年上を呼び捨てにするなとか、口の中を飲み込んでから話せよとか、そんな小言は出てこなかった。発音がなってなかった六郎の言葉を脳内変換できた時点で、俺は手長の異能力の凄まじさって奴を改めて恐れ入った。


 おいおい、嘘だろ。あの番組のイラストレーターだってたっぷり一時間かかったって言ってたのに。こんなに細かい表現ばかりが出てる絵を、たった十分で!?


 俺が再び振り向くと、今度はハムサンドを食べようと手を伸ばしていた真央ちゃんとぱったり目が合う。真央ちゃんは何だか恥ずかしそうにもじもじしながら、「へへっ……」とかわいく笑った。

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