第40話

よろしくお願いしますと、同時に頭を下げてくれた繁足さんや伸子さんを居間に置いてきた俺は、一度台所に寄って、冷蔵庫の中から母さん手作りのサンドイッチを取り出してから和室へと向かった。


 ちょうど昼食の時間だったけど、長井家の誰もが特に大きな荷物なんて持ってなかったから、たぶん弁当の類なんて持ってきてないだろう。そんな俺の予想はぴったりと当たっていて、六郎や双葉、比奈子がそれぞれ持参してきた弁当をいそいそと取り出していく中、真央ちゃんだけが不思議そうに三人の様子を見つめている。和室に一歩足を踏み入れた俺は、真央ちゃんの背中に向かって声をかけた。


「真央ちゃん、これ食べな」

「えっ……」


 びっくりしたように振り返った真央ちゃんは、とてもかわいく愛嬌のある顔をしていた。その手足だってまだ成長途中なんだろうけど、ひとまずどちらも標準と呼べる程度の長さしかなく、本当にどこにでもいる人間の子供にしか見えない。まあ、千年もの時間をかけて異能力を体格や手先の器用さに変換してきた一族なんだ。今まさにおふざけ半分で首を伸ばしまくり、双葉や比奈子をからかっている六郎みたいに露骨な体の変化はもう無理なんだろうなと思った。


「六郎。昼メシは埃が立たない程度に、静かに食べろよ?」


 静かに、それでいて少し声を低めてからぴしゃりと言えば、六郎はちぇっと舌打ちをしながらも首を元に戻す。ふんっと息を一つ吐きながらそれを確認すると、俺はもう一度真央ちゃんに向き直った。


「これ、よかったら。卵とハムは平気か?」

「う、うん」


 戸惑うようにこくんと頷いてから、真央ちゃんは俺の手からサンドイッチが乗っている皿を受け取る。それから、俺と皿を交互に見つめながら「あの……」と小さい声で尋ねてきた。


「お父さんと、お母さんの分は……?」

「それなら大丈夫。今、うちの母親が振る舞ってくれてるから」

「じゃあ、優太お兄ちゃんのは?」


 お兄ちゃん、か。綾ヶ瀬家は代々一人の子供しか生まれてこない家系だから、当然俺にも兄弟なんてものはない。もしかしたら、初めて呼ばれたかもしれないな。


 何となく悪い気がしないでもないが、目的は忘れないようにしないと。俺は「それも大丈夫」と言ってから、真央ちゃんのすぐ隣に座った。


「俺は後でいくらでも食べるから。それは、俺の代わりにこいつらを見ててくれた真央ちゃんへのごほうび」

「そんな。こっちこそ急に来ちゃって、ごめんなさい」

「いいからいいから。食べちゃえよ」

「はい。じゃあ、いただきます」


 礼儀正しくぺこりと頭を下げ、両手を合わせる真央ちゃん。繁足さんや伸子さんのしつけは完璧だなと思いつつ、横目でまだまだ箸の使い方がなっていない六郎を見る。

また託児連絡ノートに書く事が増えたなと思いながら、俺は小さな口でもぐもぐと卵サンドから頬張り出した真央ちゃんの周りを見渡した。

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