第39話

「千年以上も綾ヶ瀬家を頼ってこなかったくせに、今頃になってって思ってるでしょうけど……」

「全然そんな事ないって言ったら嘘になるけど、でも実際、それもものすげえ事だと思うけど?」


 そう、すげえって本当に思ってる。


 時の帝からの討伐命令が下されるよりもずっと前から、この二人の先祖である手長足長は人間達に危害を加えてきた。その理由にしたって、コンビを組んでいようがいまいが、はるかに見た目が違っている自分達を人間達が先に迫害してきたからだ。自分達の身を守り、なおかつ復讐する為という大義名分の元に暴れ回っていた彼らが、ジジイの娘を守った綾ヶ瀬公麿の姿を見た時、いったいどんな気持ちになったか……。そんな事は、古文書にだって残っていない。


 でも、何となく想像はできる。綾ヶ瀬村ができて以降、あやかし達がそれぞれ新しい生き方を見つけていく中、コンビを解消して別々に生きるという道を選んだ手長と足長の気持ち。きっと、幾度となく暴れ回った自分達がこれからも共に在ったり、なおかつ綾ヶ瀬家に頼るような真似をしたら、一生懸命生きようと頑張っている他のあやかし達に迷惑がかかるとでも思ったんじゃないかって……。


 手長や足長を許した上で共に生きる事を受け入れ、自分達子孫を残してくれた当時の人間達には本当に感謝していると、繁足さんや伸子さんは口を揃えて言う。


「だからこそ、次の世代を担う真央にはその血を誇りに思ってもらいたいし、ご先祖様から受け継いだ異能力を有効に使って人生を全うしてほしいんだよ」

「でも、ここまで私達の意見がきっぱり分かれてるし、真央自身が何も言ってくれないから、もうどうしようもできなくて……」


 繁足さんはうつむき加減になって歯を食いしばり、伸子さんはその両目にうっすらと涙を浮かばせている。こうしていると、ただ我が子の将来を案じているだけの普通の夫婦にしか見えない。あやかしの血を引いているって事さえ知らなきゃ、本当に悩んで悩みまくって、時にはそのせいで大ゲンカに発展しちまうくらいの、どこにでもいる家族の光景で……。


『あんたと同じように、双葉にも双葉の人生があるんだよ。そして、双葉やあたしだけじゃどうにも決めかねない大きな人生の分岐点に今、差しかかってんだ。それをどうにか導いてきてくれたのが、あんた達綾ヶ瀬家じゃん』

『人生に悩んだり苦しんだりするのは、何も人間だけの特権じゃないんだよ?』


 いつかの双奈の言葉が、痛烈なくらい鮮明に俺の脳裏に蘇った。本当に、そうかもな。


 俺は一つだけ短いため息をつくと、繁足さんや伸子さんをまっすぐに見据えながら言った。


「よかったら……俺から真央ちゃんにそれとなく聞いてやろうか?」


 何で自分から面倒くせえ事を背負い込もうとしてるんだよと、頭の中で一人ツッコミを決める。これじゃ、あのジジイと大して変わんねえじゃんか。どうか自分でも信じられないくらい、さらっと口から出たこの言葉が「なりきり」の影響じゃありませんようにと俺は願った。

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