第36話

「……だ~か~ら! 身長が高いのは、いつの時代でも最高のステータスだって言ってんだろ! どこまでも頭が悪い嫁だな、お前はよ!!」

「高学歴高収入高身長の三高とか、いつまで古臭い事言ってんのよバカ亭主! 今の世の中、器用に何でもこなせる腕前があってナンボだって事が何で分かんないのよ!!」


 ……おい、もういい加減勘弁しろよ。もう二時間近くも堂々巡りで怒鳴り合ってんぞ。いくら和室から離れている居間だっていっても、そこまで大声で話してたら六郎達にも聞こえるだろうし、何よりあんたらの娘が一番気まずくなるだろ。そう思いながら、俺はもう何杯目になるか分からない粗茶のお代わりを、目の前のちゃぶ台にそっと置いてやった。


 午前九時ぴったりにうちにやってきたのは、長井ながいさんという名前の夫婦と、今年で小学三年生の九歳になる娘の三人だった。


 ジジイに聞かされて、瞬間移動の護符を使ってやってきたんだから、この人達もあやかしの血を引く子孫である事は間違いなかった。でも、ばあちゃんや親父の成長記録ノートをざっと読み返しても、娘さんに該当する記述がなかったから「あんたらの先祖の名前は?」と尋ねてみたら、夫婦は口をそろえて「手長足長てながあしながだけど」と答えた。


 手長足長――古文書によれば、海や山に現れてはそこを行き交う人間達を襲っていたとされている二人で一組のあやかしだ。両腕が異常に長い「手長」が、両足が異常に長い「足長」の肩に乗って、海や山を簡単に跨げるほどの巨人に扮する事で悪事を働いていたそうだが、綾ヶ瀬村ができたと同時にその悪事をやめ、コンビも解散。以降は綾ヶ瀬家に頼る事もなく、それぞれ別の人間と所帯を持ち、子孫を残していったという。


 そうして千年の月日が流れ、「足長」の子孫となったのが旦那の繁足しげたりさんで、「手長」の子孫となったのが奥さんの伸子のぶこさんだ。


 二人とも自分があやかしの血を引いてるって事は分かっていたけど、綾ヶ瀬家に関わらなかった事から誰にもその事を告げず、自分の異能力となった体格を十二分に駆使して生活してきた。そして、たまたま合コンで出会い、お互いがかつてコンビを組んでいたあやかしの子孫だって事を知り、あっという間に意気投合。十年前にできちゃった結婚をして、一人娘を授かったというのだが……。


「もう信じらんない! 繁足がこんなに頭が固かっただなんて知らなかった!」

「俺だって、伸子がここまで分からず屋だったとは思わなかったぜ! こんな問題、ちょっと頭使えばすぐ分かるもんだろうがよ!!」


 うちの脚の短いちゃぶ台を挟んで、長井さん夫婦のにらみ合いは拮抗し続けていた。怒鳴り声は収まるどころか、ますますヒートアップだ。


 さすがにこれ以上は母さんの血圧が舞い上がるし、親父の腰にだって響くかもしれない。面倒くさいし嫌な事この上なかったけど、一応現段階の家業主なんだからと何度も自分に言い聞かせながら、俺は二人の間に「ストップ!」と両腕を差し込んだ。

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