第34話

「今はまさに多様化の時代なんだ。正体を明かす必要はさらさらないけどよ、それぞれの異能力が活かせる仕事なら、何でもかんでも挑戦してみるのもアリって奴じゃねえの?」

「気軽に言わないでくれな。うちの亜美は託児所こそ卒業できたけど、自分の異能力に対する自覚がまだまだ紙っぺらみたいに薄いんだよ。ひょんな事で取り返しが付かないような事になったらって思う親心も察してほしいもんだよ」


 ふんっと荒い鼻息を一つしてから、霧崎のおばさんは持っていたグラスをぐいっとあおる。その喉元からごきゅごきゅとヤケ飲みの音が聞こえてきて、俺はこっそりため息をついた。


 俺が村に帰ってきたお祝いというより、何だか愚痴の暴露大会に近くなってきてる。野口さんはもっと自分の異能力をうまく駆使して、体を壊している父親の治療費を稼ぎたいのにってぼやき出すし、霧崎のおばさんは娘に何かあったらどうしてくれるんだいと何故か俺に絡み出してきた。何とかしてもらおうと振り返った先にいた須賀さんもすっかり酔いが回って、「何だぁ? 夜のお散歩に行きたいのかぁ?」なんて見当違いな事を言いながら黒い翼を出してはしゃぎまくる始末だった。


 元々、無理矢理連れ出されたもんだし、こうも皆ぐでんぐでんに酔い始めたら、もう収拾が付かない。無理に最後まで付き合う必要もないなと考えた俺は、自分の分の会費を綾ヶ瀬村の会計係をしている金田かねださんちの奥さん(この人は普通の人間だけど、旦那さんが座敷童子ざしきわらしの親戚と言われる金魂かねだまって名前のあやかしの子孫)に預けて、そのまま集会所を出た。


 集会所からうちまでは道が一本まっすぐ伸びているだけだけど、電灯なんてほとんどないもんだから、星明かりを頼りにゆっくりと進む。今日もよく晴れた夜空だ。そのせいで星があんまりきれいに輝いているもんだから、大して飲んでいなかった頭は霞む事なく、またばあちゃんとの思い出を思い浮かばせる事ができた。


「こんなきれいな星空を、皆で楽しめる世の中になったらもっと嬉しいねえ」


 何か、今になって思えば、そう言ったばあちゃんの言葉はずいぶんと深い意味があったような気がする。


 六歳までに、何とか間に合えばいいんだろとか思ってた。小学校に上がる前に異能力の常識的な範囲の使い方を教えて、それがうまくいけばおしまい。後は各々、学んだ事や覚えた事を駆使して自由気ままに生きていってくれとかも思ってた。


 でも、実際は違ってたっぽいな。無事に託児所を卒業できても、だからって悩みや苦労がなくなるかって言ったらそうでもないみたいだ。日和みたいなお気楽気ままな若作りジジイが身近にいたせいもあって、皆も同じように生きてるもんだと思ってた。普通の人間にだってあり得るだろ、そうじゃない奴だっているって事。


 うちに帰ると、トイレにでも行っていたのか、玄関先でばったり親父と出くわした。まだ腰の痛みが取り切れてないようで、少し前屈みになって壁に手なんてついている。「大丈夫かよ」と声をかければ、親父は「お帰り優太」と前置きするように言ってから、さらに言葉を続けた。


「どうだ、うまくやっていけそうか?」


 何が、とは聞かずに、俺は首を横に緩く振った。すると親父はふふっと一つ笑ってから、「そうか、でも心配するな」と言った。


「お前はばあちゃんが名付け親になった通り、優しい奴だからな」

「……は?」

「明日も早いんだから、もう寝ろよ。お休み」


 ゆっくりとした足取りで廊下の奥に消えていく親父。二十二年間生きてきて、両親ではなくばあちゃんが名付け親だったなんて初めて知った俺は、どうして優太って決めたんだとばあちゃんに聞いてみたくて仕方なかった。

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