第33話

「おいおい、野口のぐちんとこのせがれさんよ。いくら野槌のづちの子孫だからって、相変わらずピッチが早すぎじゃねえか? 夜は長いんだから、もう少し抑えたらどうだよ?」


 須賀さんが呆れ顔でそう窘めていたけど、野口さんは須賀さんが持ってる物よりさらに一回り大きなジョッキにビールを注ぎながら、「は? 何で?」と心底不思議そうに返していた。


「俺の胃袋舐めてもらっちゃ困るね、須賀さん。こう見えても、俺は」

「はいはい、全米大食い大会で日本人初の優勝を飾ったってんだろ? 耳タコなんだよ、その自慢話は。何年前の事だと思ってんだ」


 ああ、それ覚えてるわぁと、俺は少し離れた位置に置かれていたオレンジジュースの瓶に向かって手を伸ばした。


 俺より五歳くらい年上の野口さんは、須賀さんの言う通り、野槌の血を引いている。このあやかしを現代の物で例えるなら、まさに全身バキュームカーって感じか? すさまじい吸引力を持つ口と、底なしの胃袋を併せ持った上で、この世のありとあらゆるものを吸い込んで食い尽くしていたとうちの古文書に書かれている。


 それも人間と交わって、子孫を残すようになってからは物静かに暮らす事をモットーにしていたようだけど、この野口さんはいわゆる先祖返りって感じの人で、下手すれば二口女以上の食欲を異能力として持ってしまった。親父の成長記録ノートを見る限りじゃ、彼にうちの冷蔵庫を荒らされたのも二度や三度じゃないらしい。


 その異能力を、野口さんはずいぶんと目立つ方向に使った。少し前に流行していた大食い早食い大会に軒並みエントリーして、その都度優勝を飾っていった。それが国内までならまだマシだったんだけど、ついには十年前、全米で完全生中継されていた大きな大会で日本人初のぶっちぎり優勝まで果たしてしまい、親父とジジイにしこたま怒られていたのを思い出す。


 野口さん的には大きな自慢でも、あまりにも人間離れした力を世に見せつけるのは、次世代の「どちらとも呼べる子供」達の身の安全が保障されない。そう諭されて、しぶしぶフードファイターを引退した後は、動画サイトやブログを開設して、オススメの料理店や調理法を紹介するといったWeb活動でそれなりの生計を立てていると聞いた。


「いいか、おばちゃん。いくらあやかしの血を引いてるからって、何も昔ながらの仕事とか、それこそ親がやってきた仕事をそのまま継ぎ続けるってのもどうかと思うぜ?」


 十秒かけて大きなジョッキにゆっくりと注いでいったビールを、またほんの一秒足らずで空にしてから野口さんが霧崎さんに向かって言った。

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