第32話

「……それではぁ、綾ヶ瀬優太君の村への帰還を祝して~、カンパァイ!!」


 一時間後、綾ヶ瀬村の中心に位置している小ぢんまりとした村役場兼集会所。俺は何故かその畳張りの集会所のど真ん中に座らされていて、須賀さんの乾杯の音頭の下、なみなみと生ビールが注がれたグラスを握っていた。


 型が落ちた古いテレビが一台あるだけのさほど大きい間取りを持っていない集会所に、綾ヶ瀬村中の住民達が所狭しと集まっている。その住民達の三割以下が普通の人間で、残りの大半がかつて「どちらとも呼べる子供」と呼ばれていたあやかしの血を引く子孫達だ。そいつらは皆、言ってしまえばばあちゃんや親父の教え子だった。


「……ぷっはぁ! いや~、優太が帰ってきてくれて本当によかった! ぬらりひょん様の『連絡式神』が来た時は半信半疑だったんだけどよ、優太が親孝行な子で俺は嬉しいぞ!! ありがとな!!」


 中ジョッキに注がれていた生ビールを一気に空けた須賀さんが、ものすごい上機嫌で話しかけてくる。親父に怪我をさせた事がよっぽど堪えているのか、何度も俺に「ありがとな」と繰り返してくる。そのせいで、俺は実はビールよりチューハイの方が好きなんだけどと言い出せず、口をつけていない小さいグラスをひたすら持て余していた。


「須賀さんの言う通りさ! あたしらみたいなのが真っ当に生きていけるのは、全部綾ヶ瀬家のおかげなんだよ。なのに、うちのバカ娘ときたら……!」


 ふいにそんな声が聞こえてそっちに顔を向けてみれば、そこにいたのは霧崎きりさきさんちのおばさんだった。代々植木屋や庭師をやっていて、剪定が一番得意だったっけ。確か、先祖は……。


「そういえば、あんたん所の娘さん……名前は亜美あみちゃんだっけか? まだ村に帰って植木屋の後を継ぐ気は起きねえか?」

「それが全くさ、あのバカ娘! 私、おしゃれなカリスマ美容師になるとか何とか言って、勝手に美容師の専門学校に入っちまってたよ!」


 ああ、思い出した。霧崎さんちの先祖はアミキリって名前のあやかしだった。海に張っている網を切るのが得意なあやかしで、綾ヶ瀬村ができて陸に上がってからは何かしらを切る仕事に就いて今に至るんだったな。


「仕方ないよ、霧崎のおばさん。今は庭を持ってる家もだいぶ減っちまったからさ、ジョブチェンジも仕方ないんじゃねえの?」


 俺はそう言いながら、持っていたビールのグラスをひとまず机の上に置く。その一秒後、グラスの中身は一滴残らず空になっていた。


「そうそう。亜美ちゃんは美人でスタイルも抜群なんだから、綾ヶ瀬村にこもるより人間の町で才能を充分に発揮する方が向いてるって!」


 空いていた俺の左隣の座布団から、どかりとたくましい物音が立つ。そのせいで俺とその右隣に座っていた須賀さんの腰が一瞬、三センチくらいは浮かび上がってしまったが、そうさせた当の本人はそんなの全く気にしていない様子で、あっはっはと野太い笑い声をあげていた。

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