第31話

子供達を全員帰しても、綾ヶ瀬家の家業主の仕事は続く。


 日によって、「あやかし専用託児所」にやってくる子供の数は違ってくる。当然、その数や相手によって対応やその他もろもろも変わってくる訳だから、いついかなる事も速やかに解決できるように、預けられる子供達の先祖の特性をしっかり把握して、頭に叩き込んでおく必要がある。それゆえに綾ヶ瀬家の先祖が残した古文書とか、ばあちゃんや親父の成長記録ノートに目を通すんだ。


 正直、その膨大な量には辟易する。大学の講義の方が百億倍マシって思えるし、偏屈で頭カチコチの頑固教授から何万回ものレポートの再提出を命じられる方がやりがいが出るような気もする。


 それだけ、綾ヶ瀬家が続けてきた家業が素晴らしいという事だし、たくさんの「どちらとも呼べる子供」達の未来が開けてきたんだ。その事にお前も誇りを持って、きちんと務めを果たせよ。


 自室の布団で寝っ転がりながら親父がそんな事を言っていたけど、誇りを持てって言われてもな……。


 逆に親父は、何で誇りを持って務める事ができたんだ? 風車の痣を持って生まれてこなかった親父は、結局は俺の代理でしかなく、どんなに跡を継ぎたいと思っても継承の儀式を受けるどころか、それに同席すらできない。継承の儀式に立ち入れるのは、日和のジジイと先代の家業主、そして後を継ぐ次代の家業主だけって決まってるんだし。


 何度でも思うけど、今の時代、本当にうちの家業は必要なんだろうか?


 千年も代を重ねてきた「どちらとも呼べる子供」達の体そのものは、あやかしの血がだいぶ薄まった為に、もうほぼ普通の人間と変わらない。先祖の特性による個人差はあっても、ほとんどが体の変化もできないし、異能力って言っても突飛な使い方をしない限りは「ただの才能」として認知されるレベルに落ち着いているんだ。そのおかげもあって、あやかしの子孫である奴らが千年前みたいに普通の人間を嫌う事なく、同じ世の中で平穏に暮らしている。


 もし、何かしらのトラブルがあったとしても、それはもうあまりにも些細な事で特に綾ヶ瀬家が首を突っ込まなくてもいい事ばかりだ。少なくとも、ばあちゃんと親父が勤めていた頃は、そんな大仰な事は一度もなかった。


 やっぱり、親父の代でうちの家業は終わらせるべきだ。もう、うちだけしか頼れない時代じゃない。正体を知らなくったって、あいつらの力になってくれる連中は他にもたくさんいるんだから。


 そう思いながら、俺が読みかけの成長記録ノートを閉じた時だった。ふいに、うちの玄関に付けている呼び出しベルの音が鳴ったのは。

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