第29話

午後三時。その頃になると、ぽつぽつと親が迎えにやってきた。


 元から綾ヶ瀬村に住んでいる奴らはいいとして、ここを出て他の人間の町で生活している親子達は皆、ジジイが作った護符が必要となってくる。双奈が双葉を迎えに来た時、俺はその護符が一枚入ったお守り袋を託児連絡ノートと一緒に渡してやった。


「これは?」

「瞬間移動の護符だよ」


 不思議そうにお守り袋を見つめる双奈に説明をした。


「毎回、何時間もかけてうちに預けに来るのもしんどいだろ? このお守り袋を額に当てて念じるだけで、うちのすぐ前まで飛んでくる事ができるってさ。双葉を預けた後は、また同じように念じてもらえば元の家に戻れる」

「え~、何それ超便利! これなら仕事にも遅れないし、安心して双葉を送り迎えできるわ!」


 そう言うと、双奈は心底嬉しそうにお守り袋に頬ずりする。それを双奈の足元から見ていた双葉は、途端にむうっと頬を膨らませた。


「ママ、双葉にも!」

「はいはい、お守り袋にヤキモチ妬かないの双葉」


 一瞬苦笑を浮かべてから、双奈はぐるんと首を180度回転させて、もう一つの大きな口で双葉の頬に何度もキスをする。これさえなけりゃ、メチャクチャ微笑ましい親子のスキンシップなんだろうけどな……。


「それじゃ、さっそく使わせてもらうわ。また明日ね、優太」

「優太ちぇんちぇ、さようなら!」


 ひと通りキスし終えると、双奈は器用に右腕だけで双葉を抱っこした。双葉が紅葉みたいな小さな手で俺に手を振るのと、双奈が空いた左手でお守り袋を額に当てたのはほぼ同時で。一瞬、つむじ風みたいな術の気配がしたと思ったら、二人の姿はあっという間にかき消えて見えなくなった。


「あ~! 双葉の奴、いいなぁ! 俺も瞬間移動やりてえ!」


 まだ父親が迎えに来ていない六郎が玄関先にまでついてきて、うらやましそうに喚いている。千年もの昔からずっと「どちらとも呼べる子供」なんて呼び方が続いているし、そのせいで何か独特の特別感が出てるような気がしないでもないけど、実際はこんなもんか。普通の人間の五歳児と感覚は変わんねえもんだな。


 さっき膝小僧を思いきり蹴られた仕返しって程でもないけど、俺はほんのちょっとした意地悪を言ってやろうと思った。


「六郎んちも他の人間の町に引っ越したら、瞬間移動の護符やるけど?」


 すると、六郎は心底残念そうに眉をひそめて、ぶんぶんと首を横に振った。


「絶対、父ちゃんがダメだって言うよ。父ちゃんの陶芸は、綾ヶ瀬村の沢の水じゃなきゃ上手に作れねえっていつも言ってるしさ」

「へえ、そりゃ残念だな~?」

「何だよ、優太! 言っとくけど、俺が小学校に上がったら、さっきのお守り袋もらうからな! 小学校も中学校も高校も大学も、それ使って通うんだ!」

「ふうん? じゃあ、頑張って異能力の勉強してここを卒業しろよ? でないとお守り袋どころか……」

「分かってるよ! 優太まで父ちゃんみたいな事言うなよな!」


 最後まで言い切る前に、六郎はまた俺の膝小僧を蹴ってきた。さっきよりも強い痛みを感じて蹲っちまった俺に、六郎は「優太のバーカ!」と言いながら和室まで逃げていく。親父さんが迎えに来たら何て言ってやろうかと、俺は子供じみた復讐案を練り始めた。

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