第27話

六郎の「独り占めわがまま事件」だけで大騒ぎだった午前中が何とか終わって、ようやく昼食の時間。俺は母親が持ってきてくれた昼メシをしみじみ噛みしめていた。


 「あやかし専用託児所」は、基本的に弁当持参としている。今の時代、「どちらとも呼べる子供」にも好き嫌いだアレルギーだのがあったりして、せっかくこっちで用意してもムダになったり逆に足りなさすぎたりする事が多くなるからという理由らしい。


 その証拠に、さっきから六郎は弁当箱に入っているブロッコリーを薄目でにらみつけているし、生方さんちの比奈子ひなこは離乳食には目もくれずにミルクばっかり飲んでいる。


 どれもこれも、親が我が子の成長を願って作ってくれてるんだから、ここは託児所を預かる身でなくても「残さず食わなきゃダメだろ」と言うのが年上の務めってもんだ。なのに、それを悪意の欠片もなく邪魔してくる奴がいた。


「いらないなら、それちょうだい♪」


 それは、自分の弁当を平らげてしまった双葉だった。


 さっき思いっきりギャン泣きしたから、余計に腹を空かせてたんだろう。他の誰よりも大きくて、しかも三段重ねだった弁当箱の中身を二つの口を使って一分で空っぽにした上、他の子供達の席を回ってそいつらが食べようとしない嫌いな食べ物をもらい始めていた。


「この子、ものすごくよく食べるから、気をつけてないと綾ヶ瀬家の冷蔵庫が空っぽになるわよ~?」


 朝、双葉を預かった時、双奈にそんな事を言われていたけど、嫌々ながら託児所を手伝う俺に当て付けたジョークかなんかだと思ってた。しかし、さすが食欲旺盛なあやかしの血を引くだけあって、二つの口がむしゃむしゃと気持ちよさそうに動いている。


「双葉、さっきはごめんな? お詫びに俺のブロッコリーやるよ」

「あ~うう、きゃあ♪」

「わあ、比奈子ちゃんおかゆくれるの? ありがと~!」


 満面の笑みでそう言いながら、双葉は六郎と比奈からそれぞれの食べない物をもらっている。おいおい、さすがにこれ以上は午後の訓練に差し支える……。


 今、背後から声をかけるのは危険だから、俺は双葉の横に回ってゆっくりと腰を下ろしてから話しかけた。


「なあ、双葉。ちょっと食べるのやめようか?」

「……んぐ、何で?」


 きょとんとした目で、俺の方を見てくる双葉。よかった、普通の口の方で応えてくれた……! そう、内心ほっとして油断したのが悪かった。


「何でって、午後は異能力の練習しなくちゃだから、今からそんなに食べたら……」

「い~や!!」


 ぐるんっとそっぽを向いてしまった双葉。そのせいで、今、俺の目の前にあるのは双葉の後頭部にあるもう一つの大きな口。その口から、これでもかってくらい分厚くて大きな舌が出てきて、俺の顔を……!


 べろぉん。


「……~~~~~~~っ!!」


 二口女のもう一つの口に収められている舌は、敵から身を守る為に唾液の他に痺れ液も分泌されている。それをまともに浴びせられた俺はその場であおむけに倒れ込み、子供達の笑い声が響く中、昼食の時間が過ぎてもなかなか動く事ができなかった。

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