第26話
「お前のご先祖様は、どんなあやかしだったっけな?」
俺がとぼけたように聞くと、六郎は思いっきり眉をしかめながら「はあ?」なんて返してきた。こいつ、本当に五歳児なのかと疑いたくなるレベルだ。
「バカなの、優太? そんなの、ろくろ首に決まってんじゃん!」
おまけにこの心底、人をバカにしたような言い方。親父の奴、これまでよくこんなガキの相手をしてきたな。その忍耐力、ちょっとだけ分けてくれ。
「ふうん。自慢のご先祖様か?」
「おお、大自慢だ!」
長い長い首をふんぞり返らすようにして、六郎はそう言う。そうかそうか、そんなに自慢か。
「じゃあ、お前の父ちゃんは?」
「……へ?」
「お前の父ちゃんも、自慢か?」
「あ、当たり前だろ。何言ってんだよ!」
おっ、一瞬怯んだ。ふんぞり返ってた長い首が、ほんのわずかに縮んでいる。俺は六郎が朝持ってきていた委任状の内容を思い出しながら、言葉をさらに続けた。
「そんなお前の父ちゃんは、何やってる人だ?」
「え? と、陶芸の先生……?」
「そうだな。すっごく上手に皿とか茶碗とか、でっかい
「……」
「分かんないか?」
俺はまだうにょうにょと蠢いている首の動きを我慢しながら、何とか六郎と目を合わせた。何で俺がこんな話を持ち出してきたのか分からない六郎は、戸惑ってだんだん言葉が少なくなっていた。
「それはな、六郎。お前の父ちゃんが、ご先祖様が残してくれた異能力を正しく使いこなせてるからだ」
「え……」
「はっきり言うけど、お前のご先祖様は人間を脅かすくらいしかできなかった。けど、お前の父ちゃんは、この託児所でお前くらいの歳から一生懸命練習して、どの角度から見ても立派な陶芸品が作れる技術と視野を手に入れたって、俺のばあちゃんが言ってたぞ」
「……」
「でも、今お前がやってる事は何だ? お前の異能力は、独り占めのわがままをする為のもんか? そういう事をする為のもんだって、ご先祖様や父ちゃんに胸張って言えるってんなら、いつまでもそうやってていいぞ」
「大事な事を言い聞かせた後は、ふっと短いため息を一回だけつく事」。最後だけは、成長記録ノートに書いてあった通り、俺は短く息を吐いた。すると、それまでさんざん伸ばし放題にしていた六郎の首が、みるみるうちに元の普通サイズに戻っていった。
「違うやい……」
そのまま、少しうつむき加減になった六郎の口から、ぽつりとつぶやく声がした。はっきり聞こえてはいたけど、俺はわざと聞こえないふりをして「ん? 何だって?」と片耳をよこした。すると。
「違うやい、優太のバカ!」
力加減を知らない五歳児の鋭いキックが俺の膝小僧を直撃した。あまりの痛みに声も出ず、俺がその場で悶絶していると、頭の上から六郎の涙混じりの大声が聞こえてきた。
「俺は大きくなったら、飛行機のパイロットになるんだ! ご先祖様や父ちゃんみたいに360度どんな角度も見えるように首をいっぱい鍛えて、かっこいいパイロットになるんだ! 絶対になるんだぁ!!」
悶絶する中、ふと六郎の足元を見ると、独り占めしていたおもちゃの中に飛行機の模型があった。それだけは他のおもちゃよりもずっと奥に置かれていて、六郎が本当に独り占めしたかったのはあれなんだなと納得はしたものの、膝は痛くて痛くて仕方なかった。
「わ、分かった分かった……。じゃあ、皆と一緒に仲良く遊んで、一緒に頑張ろうぜ……」
「男に二言はなしだぞ、優太ぁ!」
そう言うと、六郎は自分で言うところのバリアをやめて、飛行機の模型以外のおもちゃを双葉達に返してやっていた。
一件落着したはいいものの、六郎の父ちゃんに渡す託児連絡ノートには「暴力性を正す必要あり」って書いてやる。そんな事を思いながら、俺はこの次に出るかもしれないアクシデントに備えて身構える準備をした。
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