第25話

「あやかし専用託児所」再開第一日目、そのちょうど一時間が経過した頃。俺は早くも面倒事に遭遇した。


「優太ちぇんちぇ、六郎兄ちゃんが~……!」


 俺の背後からいきなりものすごい泣き声が飛んできて、反射的に振り返ってみれば、そこにいたのは二つの口を目いっぱい開けて大泣きしている双葉。小さな子供の、こんな力いっぱいのギャン泣きを見るなんて初めてだったから、まるで俺がやらかしたみたいに思えてかなり焦った。六郎の名前が出てこなかったら、絶対無意識に謝ってたと思う。


「ど、どうした双葉。何かあったか?」

「あっち~……」


 えぐえぐと泣きながら、それでも何とか和室の隅っこの方を指差す双葉。そっちの方を見てみれば、そこでは小さな地獄絵図が展開されていた。


「こっからここまでが俺の陣地! お前ら、絶対ここから中に入ってくんなよな! それ、バーリア!」


 そう言って和室の三分の一のスペース、そこの端から端までが自分の物だと訳の分からない主張をしているのは六郎だ。普通だったらそんなわがままなんて無視してずかずか入り込んでしまえばいいんだろうが、さすがろくろ首の末裔っていうか。思う存分に伸ばしまくった自分の首をヘビみたいにうにょうにょ動かして妨害しているもんだから、はっきり言って気持ち悪い以外の何物でもない。気の弱い双葉がギャン泣きするのも頷けるってもんだ。


「ズルいぞ、六郎! 僕達もそこにあるおもちゃで遊びたい!」

「ダメに決まってんだろ。俺の陣地にあるんだから、このおもちゃも全部俺のもんだもんね」


 他の子供達は何とか泣くのを堪えて六郎がしでかしてる事を非難していたけど、あいつの先祖のろくろ首は我の強い性質を持つ事で有名なあやかしだった。じゃなきゃ、ただ首を伸ばすだけしか能がないのに、あちらこちらに出没して人間を脅かすなんてバカみたいな真似をおもしろがるはずがない。そういう先祖の悪い性質が遺伝しちまうのも「どちらとも呼べる子供」の特徴の一つだし、それを正してやるのも綾ヶ瀬家の家業の一つなんだから本当に面倒事だ。


 ばあちゃんと親父の成長記録ノートがあって、本当によかったな。そう思いながら、俺は双葉と一緒に六郎達の所へ行った。


「おい、六郎」


 成長記録ノートには「何事が起きても、まずは優しく声がけする事」なんて書いてあったけど、正直そんな余裕はない。「何だよ、優太」と年上相手に呼び捨てをかましてくる六郎がこっちに向かってさらに首を伸ばしてくるもんだから、これ以上は和室が満杯になっちまう。素早い短期決戦に持ち込むしかないと思った。

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