第22話

「……夏休みの間だけなら、家業をやってもいい」


 翌日。腕によりをかけて作った母さんの豪華な朝食を前に、俺はそう言った。腰に磁気ベルトを巻いて何とか食卓に座った親父も、山盛りのごはんをよそってくれた母さんも、そして二日酔いの頭痛が残る後頭部に手を添えて悶えていたジジイも、一斉に俺の方を振り返って信じられないといった表情をしていた。


「い、今、何て言った? 優太……」


 おそるおそるといった感じに親父が尋ねてくる。できればそう何度も口にしたくはないセリフなんだけど、どうやらよっぽど信じてもらえてないようだから、少しだけ声を大きくしてもう一度言ってやった。


「今のところ就活は全滅してるし、次は夏休み明けの二次か三次募集に賭ける。だから夏休みの間はすっげえヒマだし、親父もそれまで腰が治ってる保証はないだろ。退屈しのぎにうちの家業やってやるよ」


 俺がそう言い切ると、三人はほんの少しの間だけ呆然としてしまっていたが、やがて一気にぱあっと表情が明るくなり、万歳三唱をやり出しかねないほどに喜び始めた。


「本当か、ありがとう優太!!」


 最初にやや興奮した声色で言ってきたのは親父だった。茶碗を食卓に置いた母さんは、うっすらと目頭に滲んだ涙を拭っている。そこまで大げさに喜ぶなよと言ってやりたかったが、それよりもずっと早くジジイが「よく言ってくれたな」と憎々しくなるほどの満面の笑みで言った。


「確かにいきなり継承の儀式をやろうってのはワシの早計だったな。何事にも研修期間ってものは設けなくちゃいけねえ」

「おい、ジジイ。言っとくけど、あくまで夏休みの間の退屈しのぎで、親父の代理ってだけの話だからな」

「代理の代理って、なかなかおもしろい事を言うじゃねえか。まあ、始めはそれでもいいさ。そのうち、この家業の大切さや大きさってもんが分かってくるだろうからよ」


 さて、と食卓の椅子から立ち上がると、ジジイは静かに両目を閉じた。そして「そろそろ俺は行くから」と告げると、あっという間に金髪の外国人ハーフモデルの姿に変化した。


「今度、この家に帰ってくる時が楽しみだな、優太。立派な家業主になってる事を祈ってるぜ♪」


 そう言いながら、世の中の女性を悩殺するというキャッチコピーが付けられたウインクをかましてくるジジイ。思わず母さんがほうっと熱いため息を吐いてしまっていたが、あいにく俺には通用しないから思いっきりにらみ返してやった。


「ご期待には全く応えられないと思うけどな」

「謙遜するなよ。皆もきっと喜ぶだろうから、しっかりやってけよ?」


 ジジイはズボンのポケットから何十枚かの懐紙かいしを取り出すと、それにふうっと優しく息を吹きかけた。すると懐紙の一枚一枚がそれぞれ折り鶴の形に折られていって、風もないのに開けっ放しになっていた台所の小窓から外に向かって飛び立っていく。ばあちゃんが家業をしていた頃にも使っていた『連絡式神』の術だった。


「じゃあな、優太」


 全部の折り鶴が言ってしまったのを確認して、ジジイが手のひらを振りながら出ていく。親父と母さんが深々と頭を下げる中、俺は廊下の奥に溶け込むようにして消えていくジジイの背中をじっと見送っていた。






 それから二時間も経たない頃だ。専用のエプロンを身に着けた俺の元に、何人ものあやかしの子供がやってきたのは。


「おっす! 今日から綾ヶ瀬託児所再開って、本当か!? 俺、六郎ろくろうっていうんだ、よろしくな!」


 元気いっぱいつーか、やんちゃな挨拶をしてきたのは、須賀さんちの隣の家で陶芸を営んでいるっていうろくろ首の末裔の子供。その手には、仕事が忙しくて送迎できなかった親からの委任状が握られていた。


「あ、あの……あやかしの子供を預かってくれるって聞いてお伺いしたんですけど、ここで合ってますか?」


 ビクビクしながら赤ん坊を抱えてやってきたのは、人間の町でベビーシッターをしているという姑獲鳥うぶめの末裔で生方うぶかたって名前のおばさん。


「何だよ、やっぱり家業やってくれるんじゃないのよ~。頑張んなよ、優太!」


 他にも何人かやってきたが、一番最後に来たのは双奈だった。実に嬉しそうに双葉を連れてきて、俺に挨拶をさせた。


「ほら、双葉。優太先生だよ、ほらご挨拶は?」

「よ、よろしくお願いします、優太ちぇんちぇ!」


 双葉が普通の口でそう言った瞬間、もう一つの口がぐるんと回ってきて、俺の顔をすっぽりと覆ってきた。双葉にとっては挨拶代わりの軽いキスだったかもしれないが、再び塗り重ねられた黒歴史に、俺は言葉にならない悲鳴をあげるしかなかった。


 そう、これが千年も昔から続いている綾ヶ瀬家の家業。あやかしの血を引く子供達を預かる「あやかし専用託児所」だ。

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