第19話

日和様がいらっしゃるんじゃ、綾ヶ瀬家にお呼ばれされる訳にはいかないよ。

 

 そう遠慮がちに言うもんだから、俺は三軒隣に住んでいる平さんの家に双奈と双葉を送っていった。


 相変わらず平さんはずいぶんな強面に大きな図体をしていたけど、それ以上に優しい性格も変わっていなかった。遅い時間だったのに、玄関を開けて俺や双奈を見るなり、「おめえら、久しぶりじゃねえかぁ!」と満面の笑みを浮かべながら野太くて毛むくじゃらの両腕でしっかりと抱きしめてきた。


「急にすまないね、平さん。悪いんだけど、数日泊めてくんないかな?」

「男一人暮らしのむさ苦しい家でよけりゃ、いくらでも泊まってけ。待ってろ、今部屋を作ってやるから」


 そう言って平さんは、平屋建ての家の壁に両手をつけると、小麦粉の生地をこねくり回すみたいにぐるぐると回し出す。すると俺達の目の前で家の間取りがあっという間に物音一つしないまま組み変わっていき、ものの数秒で二階建ての家に変化してしまった。


「さすが、自然を変幻自在に作り変える事ができるダイダラボッチの末裔だねえ。鮮やかなお手並みだよ」


 二階を自由に使ってもいいと平さんに言われて、双奈は惚れ惚れとしながら軽く頭を下げる。その際、双奈の腕の中にいた双葉もうっすらと目を覚まし、目の前にいる大男に一瞬びくっとしてしまってたけど、すぐにへにゃりと笑って「ありがと♪」とかわいらしく礼を言った。


「子供はいつ見てもいいもんだな。すぐに大きくなっちまうけど、その分将来が楽しみだし、何といっても癒される」

「じゃあ、何で結婚しないんだよ」

「どうにも忘れられない苦い思い出があるからなあ」


 気恥ずかしそうに口元に弧を描いて、そう言う平さん。ちょっと失言だったと、俺は後悔した。


 平さんは大工の修行をすると言って若い頃に一度綾ヶ瀬村を出て行ったけど、独立して数年経った頃に戻ってきた。人間の町にそのまま住むという選択肢もあったのに、当時の恋人にあやかしの末裔だという事がバレてしまった。それ以上の詳しい事は知らないけど、相当ひどい事を言われてしまったらしい。その事で家業を継いで間もなかった時期の親父に泣きながら相談していた平さんを思い出しちまった。


 すぐにごめんと謝るつもりだったけど、それよりも早く平さんの分厚い手のひらが俺の頭を撫でてくる。これも相変わらず変わっていなかった。


「今の俺があるのは、全部綾ヶ瀬家のおかげよ。お前らのおかげで、ダイダラボッチの末裔だって事に誇りが持てるし、自分の異能力を腐らせる事なく生活できてるからな」

「……」

「さっちんや健坊には本当に感謝してるんだぜ? だから、優ちゃんもできる事ならこいつらの助けになってやってほしい」


 俺は平さんのその言葉に何も応える事ができないまま、家へと戻った。

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