第18話
「日和のジジイにも言ったけど、うちの家業は親父の代で店じまいだ」
俺はきっぱりと言った。
「昔と違って、今はいろんな所でいろんな事が頼れる時代なんだ。だからわざわざ、こんな田舎に来てまでうちに頼る必要はねえだろ。俺も後を継ぐ気なんかさらさらねえし」
「それは、日和様がお許しにならないんじゃないの? その右手の風車の痣だってあるんだし」
「こんなもんに縛られたくないんだよ。俺には俺の人生があるんだからな」
そうだ、俺には俺の人生がある。俺もいわゆるあやかしの子孫に値するけど、千年も代を重ねてしまえば、日和の血なんてもうないも同然だろ。その証拠に、風車の痣以外、綾ヶ瀬家にあやかし特有の何かが出た者はいないし、ばあちゃんは元より、俺や親父もぬらりひょんの能力である『なりきり』は使えなかった。だから、もうそんな
だから、あきらめて帰れよ。双奈にそう言ってやろうと思ったのに、そんな言葉は俺の口から出てこなかった。双奈の怒ったような目が、俺をしっかりと捉えていたから。
「そうだね。確かに優太には優太の人生がある」
双奈が言った。
「だけどさ、あんたと同じように、双葉にも双葉の人生があるんだよ。そして、双葉やあたしだけじゃどうにも決めかねない大きな人生の分岐点に今、差しかかってんだ。それをどうにか導いてきてくれたのが、あんた達綾ヶ瀬家じゃん」
「だから、それをもうやめるって……」
「人生に悩んだり苦しんだりするのは、何も人間だけの特権じゃないんだよ?」
そう言ってから、双奈は双葉を抱きかかえたまま、すくっと立ち上がった。子供の頃は、よく俺の事をからかってくる年の離れた姉ちゃんだとしか思わなかったし、そのもう一つの口で俺のファーストキスを奪うという実に不名誉な黒歴史を植え付けた張本人でもあるけれど、今こうして見てみると、そのどちらの印象もすっかり薄れている。苦労しているけど、それでも娘との幸せな生活を守ろうと懸命に戦っている母親って感じが滲み出ていた。
「私は、双葉の幸せを作ってあげたい。将来、この子が
俺の方に完全に背中を向けていたけど、双奈の声ははっきりと聞こえていた。もう一つの口が、ちゃんと言葉を発していたから。
「他のあやかしの子供達だって、同じような悩みを持ってる。自分達だけじゃそれをどうにもできなくて、誰かに何とかしてもらいたいんだよ。優太だけじゃないんだ」
「……」
「今の優太なら、分かってくれると思うんだけどね」
就活、全部ダメだったんだろ?
続けてそう言ってきた双奈のその言葉に、俺はぐうの音も返せない。そしてそれ以上に、「今の優太なら」という部分が俺の中にひどく引っかかった。
「むにゃ、ママ……」
双奈の腕の中で、甘えるような寝言を口にする双葉。どっちの口でそう言ったかはちょっと分からなかったけど、俺はやっぱりそんな双葉から目を離す事ができなかった。
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