第14話

「そ、総大将様。どうかお気をお鎮め下さいませっ……!」

「おいおい、須賀よ。ワシ・・は別に怒ってんじゃねえぞ? 久々に本来の姿に戻って・・・・・・・・、ストレスを発散してるだけよ」


 そう答えていた奴の姿は、もう金色の髪の若い男のものなんかじゃなかった。


 部屋の中の重苦しい雰囲気がグルグルと渦巻いてくのと同じような感じで、奴の輪郭も少しずつ変わっていく。すらりと伸びていた手足が少し短くシワだらけになっていき、着ていた服もファッショナブルな物から純和風な着物へと変わる。極めつけは、頭だ。ついさっきまでモデルと呼ぶにふさわしかったイケメンな小顔が一気に肥大し、ものの数秒で後頭部が突き出たハゲ頭になっちまった。


「それに、もう総大将なんて呼ぶのはやめろって言ったろ? ワシはとっくに引退した身なんだからよ」

「は、はいっ。失礼致しました、ぬらりひょん様。後ほど、うちの畑で採れました新鮮なトマトをお持ち致します」

「おお。おめえんちのトマトは超うめえからな。楽しみにしてるぜ」


 ありがとうございます、それでは! と、早口でまくし立てるように言うと、須賀さんはバタバタと足音を立てながら出ていってしまった。残ったのは俺と親父と、このジジイ――ぬらりひょんだけ。


 そう、このジジイがばあちゃんの昔話に出てきたあやかしの総大将にして、綾ヶ瀬公麿の嫁となった娘の父親。もっと分かりやすく、一言で言うなら、綾ヶ瀬公麿同様、俺達綾ヶ瀬家の先祖に当たる奴だ。ちなみに、今年で御年1304歳。


 ばあちゃんの昔話には、ジジイによる補足がある。ジジイの娘は子供が十歳にもならないうちに寿命を迎えて亡くなったらしいが、公麿は娘を生涯ただ一人の伴侶と心に決め、側室を持つどころか再婚すらしなかったらしい。子供が成人するまでしっかりと育て、自らが築いた家業を立派にこなした後、流行り病で五十歳を迎える前に息を引き取った。


 人間とあやかしの懸け橋となりたい。その一心で生涯を捧げた公麿の生き様に感動したジジイは、これからも公麿と娘の血を受け継いだ綾ヶ瀬家を見守る事を決め、ぬらりひょんの「ある能力」を応用して人間の世界に留まり続けた。


 ふいに他人の家に現れ、その場の主人の座に収まる『なりきり』。これくらいなら、誰もがおとぎ話か何かで一度くらいは聞いた事あるだろ? それこそ、人間が最も恐れたあやかしの総大将最大の異能力だったらしいが、ジジイはその力を自らの肉体に宛がう事で、時代に合わせた様々な姿や性格を模して生き続けてきた。ちなみに今は、若い女性に大人気の外国人ハーフモデルとしての姿と職を持ち、名前も「ぬらりひょん」から一部をもじって「日和」と名乗っている。


「……ストレス溜めてんなら、無理な若作りなんてするなってんだよ!」

「仕方がなかろう。この姿で人間の町を歩いとると、脳梗塞かなんかと勘違いされて救急車を呼ばれる事必至だし、何よりもギャルにモテん」


 ふんっと悪びれる事なく、勝手気ままな事を言うジジイが心底ムカつく。こんなジジイがしゅうとで絶対苦労しただろうなと、俺は似顔絵すら残っていない公麿にこれでもかというくらい同情した。

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