第12話

「お父上様。私はこちらに残り、綾ヶ瀬公麿様に嫁ぎとうございます」


 娘はそう言って、父に懇願した。


「まだまだこの世には、人間とあやかしの壁が厚く残っております。私は公麿様と共に少しでもその壁を薄くし、人間とあやかしの仲を取り持つ手助けをしたく思うのです」

「……本当に、よいのか?」


 あやかしの総大将は心配そうに尋ねた。公麿を救った事で、娘の生命力は人間並みに落ちてしまった。おそらく、あと数十年ほどしか生きられないだろう。その短い時間の中で、愛する者と共に使命を全うしようとする娘が心配だったが、だからといって強引に新しい世界に連れていく事なんてできるはずもない。


「相分かった。なら、ワシもこちらに残って、その行く末を見守ろう。帝の目の届かぬ山奥に居を移して、その命尽きるまで幸せに過ごすがいい」


 そう言って、あやかしの総大将は娘と公麿の為に、見当をつけておいたある山奥に隠し村を作った。そして、そこに娘と公麿、そして事情を知るわずかな数の人間とあやかしを住まわせ、誰にも見つからないように結界まで張り巡らせた。決まった護符と口上が揃わなければ決して開く事のない結界を。






 数年後。安倍晴明の元を離れた公麿と娘の間に、右手の甲に風車のような痣を持つ一人の子が生まれた。人間とあやかしの共存の証となる子の誕生に、村に住む全ての者が喜んだそうだ。


 そんな我が子の誕生を機にある事を思い付いた公麿が、孫の誕生に鼻の下を伸ばしっぱなしのあやかしの総大将にこう提案してきた。


「これから先、このややのように人間ともあやかしとも呼べる子が増えていくやもしれませぬ。なので私は、そんな子らを教育できる場を設けたいと思います。将来、その子らがどのような道でも選べるように」

「さすが婿殿、漢気溢れるいい心がけよな。相分かった、ワシもできうる限り協力しよう」


 これが、綾ヶ瀬家が千年も昔から代々担ってきた家業の始まりなの。最後にそう言って、ばあちゃんは昔話を締めくくっていた。


 でも子供の頃の俺は、そんな家業の始まりよりも、ご先祖様が幸せになってよかったなとか、だから須賀さんみたいな人が村のあちこちにいるのかとか、そういったありきたりな事にしか興味が湧かず、遊び盛りな事もあって、ばあちゃんがやっている事・・・・・・・・・・・・には本当に無頓着だった。

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