第11話
これには安倍晴明達もあやかし達も、驚きを隠せなかった。
あやかしには強い生命力がある。それこそ人間の何十倍、何百倍もの強さがあって、陰陽師などの手によって祓い清められない限り、長い年月を生き続ける事ができる。
だが、娘はそんな己の生命力を公麿の治癒に使っている。これによって、彼女の生命力はぐんと落ちるだろう。最悪、人間とさほど変わらない寿命を迎えて死に至る事だってあり得る。
そんな事は百も承知しているはずなのにと、あやかしの総大将は娘を止めようとした。だが、父親を振り返った娘は意にも介さない様子でにこりと微笑んだ。
「お父上様。私は嬉しゅうございます」
娘は言った。
「討伐対象であるあやかしだと分かっているのに、この方は御身が傷付く事も構わず、私を助けて下さいました。これほどまでに温かい心持ちに触れた事はございませぬ。人間がここまで温かいだなんて、今の今まで私は知りませんでした。この温かさに触れられる事が、こんなにも嬉しい事だなんてっ……」
途中で涙をボロボロとこぼし、ぎゅうっと強く公麿を抱きしめる娘の姿に、安倍晴明を始めとする人間達は戦意を喪失した。そして初めて、公麿の思想に同意した。あやかしにも、何かを思って涙を流す心があると。
そしてそれは、あやかし達も同じだった。自分達の為に命を投げ出そうとした人間がいて、触れ合う事さえできれば温かみを感じる事ができる。何より、互いに生きている喜びを分け合う事ができるのだと。
「……これまでの人間の無礼、心よりお詫び申し上げる」
「こちらこそ娘を救っていただいた事、深く御礼申し上げる。あやかしの総大将として、貴殿の弟子を称えよう」
娘の生命力によって全快した公麿が次に目を覚ました時に見た光景は、自分の師匠とあやかしの総大将が手と手を取り合って仲睦まじく語り合っているところだった。願い焦がれていた自分の理想郷に一歩近付いたような気がして、公麿はまた泣いたそうだ。そんな公麿の手を、娘はずっと握りしめてくれていた。
だが、そんな結果を時の帝が許すはずもない。中途半端に討伐を終わらせ、あやかし達を殲滅もせずに帰還したとあっては、陰陽師達の首が飛ぶだろう。それを懸念したあやかしの総大将は、一つの妙案を口にした。
「西の市がこの有様では、我らとて引っ越しをせねばならぬところ。帝の目に留まらないどこか遠くの山奥にでも行って、静かに過ごすとしよう」
「いや、それだけではあの執念深い帝の事。いずれは知られるところとなろう。よろしければ我の力で、そなた達が安心して暮らせる新しい世界も築こう」
そう言って安倍晴明は、己の持つ神通力を最大限に発揮して、あやかし達の為に新しい次元の世界を即座に作り上げた。人間など一人もいない、あやかし達だけの世界を。
その事に歓喜し、あっという間にその世界へと引っ越していったあやかしもいたが、そうではない者も現れた。そのうちの一人が、あやかしの総大将の娘だった。
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