第10話
当時、都の端にあった西の市は多くのあやかし達の住み家となっていたそうだ。災厄を恐れていた大半の人間達は立ち寄るどころか近付く事すらも拒み、ますます互いの溝が深くなる要因の一つだった。そこを襲撃して跡形もなく消してしまえば都は未来永劫安泰間違いなしと、帝は安易に思い付いたという。
だが、どれほど根拠に乏しい思い付きでも帝の命令は絶対。そして、そんな帝に長年仕えていて信頼も厚い安倍晴明が命令に背く事などあるはずもなく、予定通り、西の市への襲撃が始まった。
何の宣言もする事なく、安倍晴明や弟子達はあやかし達をいきなり攻撃した。陰陽道の術を用いて多くの式神を召喚し、浄化の力をこめた呪符を投げ付け、神具と称えられた武器で斬りかかった。対するあやかし達も、己が持っている異能力をふんだんに使って反撃をする。西の市は、十分と経たない間に阿鼻叫喚の地獄絵図と化していった。
何だ、これは。公麿はその惨状を見て涙を流したそうだ。
何だ、このザマは。私が求めていたのは、こんなおぞましい光景ではない。人間とあやかし、共にこの世に生きる同士ではないか。どうしてこのようにいがみ合い、罵り合い、戦い合って死んでいくのだ。どうして、手と手を取り合って、仲良く生きていく事ができないのだ。どうして……!
己の無力感に苛まれて、公麿が膝から崩れ落ちそうになったその時だそうだ。公麿のすぐ目の前で、師匠である安倍晴明が神具の剣を振りかざして、一人のあやかし――美しい顔立ちをした年頃の娘を手にかけようとしていたのは。
「……っ! おやめ下さい、お師匠様!!」
とっさにそう叫んだ公麿は、そのまま娘の元まで駆けだして細い体をしっかりと抱きしめた。それと同時に、安倍晴明の振り下ろした剣が公麿の背中を鋭く斬り付けてしまった。
「き、公麿!?」
「きゃあああああっ!!」
安倍晴明と娘の叫び声で、それまで争っていた人間達とあやかし達の動きがぴたりとやんだ。その場にいた者全ての視線が、娘を庇って崩れ落ちていく血まみれの公麿に注がれていく。
「……ど、どうして!? 陰陽師様、どうしてあやかしの私などを助けたのでございますか!?」
深い傷を負い、真っ赤な血が流れ出ていく公麿を抱き留めながら、娘が涙の混じった声で叫ぶ。そんな娘に、公麿は激痛に耐えながらも微笑んでみせた。
「あ、あやか、し……だって……、泣く、ここ……ろが、あ、るから……」
「……っ!?」
その公麿の言葉を聞いて一番驚愕したのは、安倍晴明でも娘でもなく、あやかしの総大将と呼ばれている娘の父親だった。
それまで総大将である娘の父親は、どのあやかしよりも人間を忌み嫌っていた。妻は人間達から寄せられる悪意に気が休まる事なく早死にし、たった一人残った優しい気性持ちの愛娘も事あるごとに人間に迫害されてきた。気心知れた仲間も大勢犠牲になった。今もまた、こうして突然の戦をしかけられた。
許せない、あやかしの総大将としてもう許す事はできない。こうなったら、都じゅうの人間達を根絶やしにしてやろうと戦に応じていた矢先、側にいたはずの娘を見失った。そして、危うく娘が陰陽師の手にかかろうという時に、最も神通力を感じない弱い男が娘を庇った。そして、あやかしにも心があると口にした。
何だ、この人間は。こんな奴、今まで見た事がないぞ。人間のくせに、どうしてあやかしをそこまで……。
あやかしの総大将が混乱して、何もできずにいると、さらに信じられない事が目の前で起きた。今にも死にそうになっている公麿を抱きかかえた娘の全身が強く光り輝き、その光が公麿の背中の傷を癒し始めた。
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