第9話

「……それは昔々、千年も昔の事。都に、安倍晴明あべのせいめい様というお方がいらっしゃってね」


 その長い昔話をする時、ばあちゃんは必ずこういった感じの口上から始めた。


 子供の頃はいったい誰の事を言ってるんだろうと不思議でたまらなかったが、今ならよく分かるし、大抵の日本人は名前を聞いた事くらいなら一度や二度なんてものじゃないはずだ。


 安倍晴明――平安時代に活躍していた実在の陰陽師おんみょうじ。彼の持つ神通力は人並み外れていて、都にはびこるあらゆる災厄から人々を守ってきた超有名人だ。時の帝からもかなり特別視されていて、それなりに高い地位にも就いていたらしい。千年経った今の世になっても映画やテレビ、小説やマンガにだってたびたび登場するくらいだから、当時、彼がいかに世の中に貢献し続けてきたか嫌でも分かるってもんだ。


 安倍晴明には、実にたくさんの弟子が存在した。どれだけ彼の神通力がすごいといっても、しょせんは一人の人間なのだから、広い都のあちらこちらに存在する災厄を全て祓い清めるには限界がある。ゆえに、何十人もの弟子達が彼から教えを請い、分け与えられた力を駆使してサポートしていた。そんな弟子達の一人に、我が綾ヶ瀬家の先祖――綾ヶ瀬公麿あやがせきみまろがいた。


 弟子達に関する資料や文献はほとんど残っていないが、ばあちゃんが聞かせてくれた昔話によると、公麿は安倍晴明にとって最後の弟子に当たるらしい。今の俺とほとんど変わらない年頃に弟子入り志願したという事だが、あまり目にかけてもらえなかったという。何故なら、当時のご時世に対し、公麿の思想はあまりにも異端で危険視されていたからだ。


 千年もの昔、この世を謳歌していたのは何も人間だけじゃなかった。俗に「あやかし」と呼ばれる異形の姿や異能力を持つ者達も普通に存在していて、人間達と同じように生活していた。だが、自分達とは何もかもが違う彼らを、人間は「そこにいるだけでこの世に危害を及ぼす災厄」だと恐れおののき、時には攻撃した。そんな人間達をあやかし達だって当然よく思うはずもなく、やがてはお互いを忌み嫌うようになり、それが世の中では当たり前になっていった。


 だが、公麿は違っていた。


「同じ言葉が使えて、同じ赤い血が流れるというのに、どうしてこうも忌み嫌うのだ。人間もあやかしも互いに手を取り合って、共存するべきだ」


 この世の災厄を祓い清める事を生業としている陰陽師の弟子のくせに、常にこの言葉を口癖として世間に説いて回っていたという。何度安倍晴明がやめるように言い聞かせても、どれほど仲間や他の人間から異端の目で見られようとも、決して自分の意見を曲げる事はなかった。


 ついには時の帝の怒りに触れて、捕らわれた。普通ならばそのまま即刻処刑される身であったが、安倍晴明の嘆願に加えて、帝のある思い付きでひとまず死罪は免れた。でもそれは、公麿の思想に最も反する命令だった。


「この一年で、都にはびこる災厄がひときわ大きくなっておる。西の市にたむろしておるあやかしどもの仕業に違いない。師匠や仲間共々、奴らを討伐してまいれ。さすればそなたにも勲を与えるし、一族のますますの繁栄も約束してやろう」


 「公麿様はどんなに嫌だと大声で叫び出したかったか……」と、ここまで話が進むたびにばあちゃんはうっすらと涙を浮かばせていた。だが、一族を人質に取るような事を言われれば従うより他に道はないと、数日後、公麿は安倍晴明や他の弟子達と一緒にあやかしの討伐へと向かった。

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