第7話

夏休み直前の土日を利用して、俺は実に四年ぶりの帰郷を果たした。


 朝一番の飛行機と長距離バスを乗り継いで、さらにローカル路線を走る一車両編成のオンボロ電車に乗り換えて向かう俺の故郷の村は本当に辺鄙で、過疎化どころかいわゆる限界集落というものに近い有様だ。こんな村に居残っている「人間」なんて、うち以外じゃもうほんの数軒・・しかない。


 そんな村に帰っても仕方ないと考えてた俺は、夏休みや冬休みはもちろんだったけど、ゴールデンウィークだろうと正月だろうと絶対に戻らなかった。バイトや論文の作成に忙しいとか何とかそれなりの理由をつけてうまくかわしてたけど、さすがに父親の大怪我を無視していられるほどの図太い神経まで持ち合わせちゃいなかった。


 不幸中の幸いだったのは、ひとまず親父の命に別状はなく、治療とリハビリをこなせばきちんと完治して早めの社会復帰が臨めるだろうとの事。それから実に理解のある会社に勤めていた事もあり、当面の間はテレワークで仕事も続けられるという事だった。


『……だけどね、それでもやっぱり家業の方までは手が回らないわよ。何だかんだと体力仕事も多いし、満足に動けないお父さんが続けるのは無理だと思うの。どうするにしても家族できちんと話し合いたいから、一度帰ってきてくれないかしら?』


 電話越しに、ものすごく真剣な母さんの声色が耳に届いた時、さすがにこの状況でかわし切るのは無理だと判断した俺は「分かった」と返事をするしかなかった。


 夕方と呼ぶに近い時間、ガタガタと必要以上に揺れるオンボロ電車の座席に腰をかけているのは俺一人だけ。肩越しに見える窓の向こうの景色は特に見栄えがいいと呼べるものは一つもなく、ただただうっそうとした木々が連なっているだけだ。全く、こんな事さえなければ、もう二度と見る事のない景色だと思っていたのに。


『次は~、綾ヶ瀬村前駅~。綾ヶ瀬村前駅で~、ございまぁす。お出口は右側に変わりますので、ご注意下さ~い……』


 ずいぶんと間延びした機械音声が電車内のスピーカーから漏れ出てくる。ばあちゃんが生きていた頃は、うちと同じ名前の駅名を聞くたびに、まるで有名人にでもなったみたいに嬉しかった。まあ、確かにある意味、あいつら・・・・には有名だろうけど。


 二日分の着替えを詰め込んだスポーツバッグを掴み、破れが目立つ座席から立ち上がる。そしてすぐ近くの出入り口の前に立ったと同時に、オンボロ電車は次の停車駅に停まった。まだ開いていない出入り口越しに、さびついて読みにくくなった駅名の付いた看板が見えた。


 ぶっしゅ~……と、何だかやる気を感じられない音を立てながら、電車はそのドアをゆっくりと開く。待ち合い用のベンチしかない無人駅の狭くて簡素なホームに降り立つと、俺はすぐにポケットの中から紫色の古ぼけたお守り袋を取り出した。これを使うのはこの村を出て以来だから、本当に四年ぶりだった。

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