第5話
まだ次の授業があるから、夜にまたかけ直してくれよと言って母親からの電話を切ってからちょうど九時間後。1DKの狭いアパートの部屋で一人、わびしいカップラーメンでの夕食を始めようとしていたら、すぐ側に置いてあったスマホが律儀に震えた。しかもテレビ電話機能での着信で。
液晶画面に映る番号を確認しなくても、相手が誰かだなんて分かりきってるというもんだ。俺は忌々しい気分を何とか抑え込みながら、通話ボタンをタップした。
『よう、優太~。お祝いメール百通目おめでとう~!』
ぱっと切り替わった液晶画面に、案の定、テンションが上がりまくった親父が映り込んだ。それと同時に、パンパンパンッとクラッカーの鳴り響く音も聞こえてきた。
親父は、鼻のあたりをずいぶんと赤くしていた。これは少なくとも一時間以上前から飲んでいたなという事がすぐに分かった。
出方によっては聞き流しながら塩とんこつ味のラーメンを啜ってやるつもりだったが、こうもあからさまに喜ばれていると逆に腹が立って無視もできなくなる自分の性分が恨めしくてたまらない。できる限りスマホに顔を近付けてやって、「母さんに聞いたんなら、分かってるよな!?」と言ってやった。
「俺はまだあきらめてねえし、そっちに帰る予定もさらさらねえから!」
『ええ~? そんなの約束が違うぞ、優太ぁ~』
うちの親父の酔っ払い方は独特というか、かなりウザいものがある。母親からすれば「普段は
『大学に行く時、父さんと約束しただろぉ? 就活百回失敗したら、ちゃんとうちの家業を継いでくれるってさぁ。父さんはあくまで「代理」の身分なんだから、優太がきちんと後を継いでくれないと困るんだよぉ』
「別に親父がそのまま継いだって問題ないだろ」
『そんな事言ったって、父さんには痣が出なかったんだから仕方ないだろぉ?』
そう言って、べろべろに酔っ払っている親父はどこか惜しむように自分の右手の甲を見つめた。年を取って少しくたびれている感はでできてるが、それでもまだシミとか一つもないきれいな手の甲だった。
あんまり親父が寂しそうに右手を見てるもんだから、俺もつられて、つい同じ事をした。普段は百均のファンデーションで念入りに重ね塗りして隠してあるけど、俺の右手の甲には親父が欲しくてやまなかった痣がある。風車のような形をした、生まれつきの痣が。
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