第4話

「確かお前の実家、何かの自営業してるとか言ってたよな?」


 悪意など欠片もなく、ただ確認するだけだとばかりの様子で岸間が尋ねてくる。俺は思わず「うっ……!」と言葉を詰まらせた。


「い、いや……。俺の就職と実家は全然無関係っつーか……」

「何、贅沢言ってんだか。そろそろ腹くくるべきなんじゃねえの?」


 岸間が言った。


「今は親父さんが切り盛りしてるとか、ちょっと前に言ってたもんな? もし万一の事があったら、親父さんのその仕事を手伝うっていう選択肢があるんじゃね?」

「俺の中ではそんな選択肢がなかったからこそ、こんなFラン大学に来る羽目になったんだろ」


 実家のある田舎の村を出てから、今年で早くも四年目。その間、一度だって帰省した事はなかった。それくらい、俺にとってあの田舎の村は近付きたくない場所であり、できる事ならこれから先も戻る事がありませんようにと祈り続ける毎日だった。


 昔ならいざ知らず、今は本当に便利な時代になった。パソコンやスマホといったデバイスさえあれば、映像付きで連絡が取れるから、無理に帰省する必要性もない。ばあちゃんはこういう系はダメだったから連絡手段はもっぱら手紙か伝書鳩だったらしいが、その息子である親父はずいぶんと立派なデバイスマニアとなってくれた。


 結構な頻度でリモート連絡をよこしてくる親父のおかげで、四年もあの村に帰っていないだなんて事がいまだに信じられない時もあるが、ふとそんな事を思い出してしまうたびに、俺は改めてこう思う事にしている。何の為に、縁もゆかりもない三百キロも離れたFラン大学に入った。二度とあの村や実家には戻らず、俺の役目・・・・とやらを放棄する為だ。俺はもう、あんな連中・・・・・とは一切関わらず、ごくごく普通の人生を歩んでいくんだ、と……。


 そこまで考えた時、俺のスマホがぶるぶるっと震えた。メール着信の合図だ。送ってきたのは……二日前に面接を受けた、印刷会社!


 妥協に妥協しまくり、九十九通目のお祈りメールを出してきた中小企業よりさらにレベルが低い会社を選んだつもりだ。頼む、もうこうなったらどんな職種でもいいから、どうか俺に内定を下さい……!


 そんな俺の切なる願いは、スマホの液晶画面が切り替わった瞬間に断たれた。






『先日は弊社の選考をお受けいただき、ありがとうございました。

 今回の選考についてですが、チームで慎重に検討した結果、ご希望に添いかねることとなりました。大変恐縮ですが、どうかご理解頂けるようによろしくお願い致します。

 弊社に応募いただいた事に改めて御礼を申し上げますと共に、綾ヶ瀬様の今後一層のご活躍をお祈り致します』





 はい、キタコレ。通算にして百通目のお祈りメール。もはや下手な不幸の手紙より、効果てきめんだ。ヤバい、目の奥がいてえ。岸間がいなかったら、絶対速攻でこぼれ落ちていただろう涙を、俺は必死に堪えた。


 それと同時に、再びスマホがぶるぶると震える。今度は電話着信だった。いい加減LINEの無料電話を使えと言っているのに、いつまでたっても覚えようとしない母親の番号からだった。

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